人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

hとsの悲劇 七幕 ─愛執染着─

 hは急いで119番に通報した。床には鋭く真っ赤に染まった剃刀が落ちている。見るも無残なsの身体(からだ)からは深紅の鮮血が絶え間なくボトボト流れ続けている。hは気が動転した。包帯が無かったので取り合えずタオルで手首をグルグル巻きにして応急処置をした。居ても立ってもいられない時間が続く。10分くらい経って救急隊員達がバタバタと入って来たがhには30分くらいの時間に感じられた。

病院に着き輸血がなされ人工呼吸器をつけているsの姿を見ると心配で心配で仕方ない。親御さんも駆けつけていたが泣き続けている。血液型は違えどhは「俺の血ならいくらでも使って下さい ! 俺は死んでもいいです !」と訴えた。看護師に落ち着いて下さいと言われたがとてもじゃないがそんな気にはなれない。それから数時間後先生に呼ばれsの親御さんと共に診たてを聞いた所「幸い命に別状はないがかなり深く切っているので入院が必要な事と、精神も衰弱し切ってるから根治するのには時間が掛かる」との事であった。

hは先生に「どうか宜しくお願いします」と言い、親御さんに謝って帰宅する。

それからhは毎日見舞いに行った。sも意識は取り戻し身体も日に日に回復して行くが精神状態はまだまだみたいで全く元気も覇気もない。sの手を握って「どう、落ち着いた? 何も心配しないで休んでてよ」と言うとsはただ静かにhの顔を見ずに「ごめんね~ごめんね~」という言葉だけを口にする。「何も謝る事なんかないから」、「ごめんね~」微笑を浮かべて連呼する。

そんな日が幾日も続いたが何時までもくよくよしてたらsも何時になっても元気になれないと思いhは仕事に没頭した。仲間達も代わる代わる見舞いに来てくれてsも少しづつではあるが回復に向かっていた。

いよいよ退院する事になり二人で家に帰る。hはめちゃくちゃ嬉しかった。sはhに抱き着きまた「ごめんね」と言う。「もういいから、もうあんな事はするなよ、どうしてもしたくなった時は俺に当たれ、俺を叩け殴れ、俺はどうなってもいいから、俺だってこの先どうなるか分かったもんじゃない、俺達は一蓮托生なんだ、二人で助け合って生きて行こう」

「本当に優しいのね」

「優し過ぎて困ったもんだよ」

「そうね、困ったものよ、何で私を助けたの? 何で? 私死にたかったの、はっきり言ってあなたのその優しさが鬱陶しいくらいなの、あなたを殺そうと思った事もあったわ、それなのに、それなのに何で !」

「それでいい、全部俺にぶちまけろ、俺を殺したいのなら殺せ、お前に殺されたのなら本望だ」

「何でそんなに優しいのよー !」

sは何度もhを叩き泣き喚いた。

その後二人は軽く笑い抱き合ったまま眠りに就いた。

 

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或る日曜日に二人が出身の高校を訪れた。卒業して約10年が経っていたがまだ知っている先生がいて学校の中を自由に見させてくれた。懐かしい思いが頭を駆け巡る。グランドに教室、二人でよく通った図書室、そして二人が初めて出逢った廊下、そこでhは「結婚しよう」と言った。

「え? やめてよこんな所で」

「こんな所だから言うんだよ」

「こんな私でいいの?」

「こんな俺で良かったら」

二人沈黙・・・

「うん、分かった」

実はhは以前からプロポーズの場所はここだと決めていたのである。sもその事に気づいたに違いない。

二人は晴れて夫婦(めおと)になった。