人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まったく皺のないTシャツ 十五章

 一哉はとにかく沙也加が煙草を吸っている事に愕きを隠せない。

「お前、煙草なんか吸う奴じゃなかっただろ? 似合うわねぇよ」

「相変わらず神経質なんだね、人の勝手でしょ?」

「ところで何でここに来たんだよ?」

「ただの散歩よ」

「寒いのにな~」

「あなたまた悩んでるでしょ」

「・・・」

「恋の悩みね」

「何で分かるんだよ」

「女には直ぐ分かるのよ」

「・・・」

「多分その子とも巧く行かないわよ」

「そこまで言われる筋合いないよ」

 気を悪くした一哉は愛想なしで家に帰った。

 部屋で考え込んでいた一哉は沙希と沙也加、その二人の女に翻弄されている、いや寧ろ弄ばれているような気さえしていた。女が苦手な一哉には無理もない事ではあったが、このやり切れない気持ちを発散する術とてない。一哉の心は何時ものようにただ憂愁にとざされていた。

 

 それからの一哉はもはや女などいらぬとヤケクソになり沙希ともほとんど口をきかない毎日を過ごす。どうせ自分に女心など分からない、女心を掴む事など出来ない。ならば始めから女を見ても動じないようにするしかない。実に消極的で悲観的な考え方だがこっちの方がよっぽど気は楽に違いない。

 そんな一哉の気持ちを見越したように沙希も余り声を掛けても来ない。やはりあの子は俺の事が好きな訳でもなかったのだ、それならば帰って好都合だと言わんばかりに一哉も一切声を掛けない。これで吹っ切れたような感じがしていたのだが同級生の一人がこんな事を言って来た。

「おい一哉、お前沙希てゃ別れたのか?」

「どうでもいいじゃん」

「別に俺が言う事でもないだろうけど、沙希ちゃん最近何か淋しそうだぞ」

「そんな事ないよ」

 そう言った一哉であったが、いざそんな事を言われるとやはり沙希の事が気になる。昼休み久しぶりに図書室へ行った一哉は今度は恋愛以外の本を手にして机に坐った。

 それは時代劇だったが読んでいる内に恋愛の描写がある事に気付いた一哉は急いで本棚に返したのだった。そしてまた探し出す。そうこうしていたら誰かが声を掛けて来た。

「探し物は見つかった?」

 それは沙希であったのだが、久しぶりに口をきいたにも関らず彼女の表情は至って冷静で以前にも増して大人びた漂いを感じる。

「まだ見つからないけどな」

「何が読みたいの?」

「恋愛に全く関係ない本だよ」

「何でそう思ったの?」

「何でって、単なる気まぐれだよ」

「そうかしら」

 一哉は経済の本を手にした。これなら恋愛など出て来る筈もない。経済になど全く関心が無かった一哉だったが取り合えずは一安心して机に戻る。すると沙希が隣に坐ってこう言い出した。

「また読んであげるね」

「いいよ、自分で読むから」

「あなた読書は苦手でしょ、いいから読んであげるって」

「いいって言ってんじゃん」

 少し語気を強めていった一哉に沙希は悲し気な面持ちになり

「どうしたのよ一哉君、最近は全然声も掛けてくれないし」

「沙希だって同じじゃん、俺の事なんてどうでもいいんだろ?」

 と言った一哉ではあったが、らしくもない言い方には自分が一番気付いている。沙希の悲し気な顔を見るに見かねて取り合えず手を触れた。

「一哉君・・・」

「沙希、ごめん、俺どうかしてたよ」

「何があったの?」

「いや、別に」

 一哉のこうした気持ちは沙也加への逆恨みもあったのだろう、でも沙希にまで当たったのは確かに悪い。一哉は改めて沙希と付き合い出すのであった。

 

 いよいよ卒業式を迎える3月。一面を覆っていた雪が解けて沢の水が音を立てて流れ始める早春のこの日、みんなは3年間の高校生活を振り返り涙する者、笑っている者とその表情は千差万別なのだが一哉と沙希の二人にはまだ何か煮えたぎらないものを感じる。

 式を終えた一哉はみんなとの語らいもほどほどにして沙希と二人歩き出す。その姿は傍から見ると実に清々しい青春の恋物語のように映る。一哉は沙希の手を握りこう言うのであった。

「3年間なんかあっという間だったな」

「そうね、この前入学したばかりのような感じがするわ」

「青春って何なんだろうな」

「今が青春でしょ」

「そうかな~、俺にはとてもじゃないけどそうは思えない」

「一哉君が深く考え過ぎてるだけよ」

「今晩俺の家に来ないか?」

「いきなりどうしたの?」

「俺の部屋でじっくり話がしたいんだよ」

「別にいいけど」

 こんな事をさりげなく言った一哉は自分自身でも何故こんな事を言ったのか分からない、でも沙希が承諾してくれた事には嬉しい気持ちがある。二人は一旦分かれてそれぞ  れの家に帰る。

 一哉にはこの道のりですら長く遠く、感じるのであった。

 

 晩御飯のおり母は一哉の卒業を祝ってくれた。豪勢な料理を振る舞ってくれて一哉も十分満足し部屋に戻る。一人になった一哉は相変わらずキーホルダーを手にするのであったが今日は何も考えずにただ沙希の到来を待ち続けるだけだった。

 夜8時になっても沙希は来ない。正確な時間までは決めていなかったが少し遅いと感じた一哉は、やはり来ないのかと諦めかけていた。すると呼び鈴の音が聞こえる。その音は静寂な夜の寒空の中に実に良く響き渡る。母がその事を告げる。

「一哉、沙希ちゃんが来てるわよ」

「部屋に通してくれよ」

 母は何の躊躇いもなく沙希を部屋に促す。呼び鈴同様、沙希の足音はその一歩一歩が重たく感じる。神経質で気の小さい一哉にはその音が怖いぐらいであった。

 部屋のドアがノックされる。

「トントン」

「沙希ちゃん、入って」

 沙希は何時になく綺麗な顔をしており、男の一哉にもその化粧している様がはっきりと分かる。

 取り合えず坐った沙希はこう切り出した。

「静かなとこね」

「ああ、静か過ぎるよ」

「それが例のキーホルダーね」

「ああ」

「ちょと見せて」 

 それを渡す時、軽く沙希の指に触れた一哉は少し緊張していた。

「一哉君がこれを宝物にしているのが良く分かるわ」

「何で?」

「こういう風に成りたいんでしょ?」

「流石だな、その通りだよ」

「でもどうかしら」

「え?」

「このキーホルダーは確かにいいとは思うけど、一哉君に似合ってるかな・・・」

「だからこその宝物なんだよ」

「そういう意味ね」

「沙希、お前本当に俺の事好きなのか?」

「今更何言ってんの? 嫌いだったらこんな時間に来る訳ないでしょ?」

「確かにな」

「このキーホルダー私にちょうだい」

 沙也加と同じ事言った沙希に一哉は愕きを隠せない。何故こんな事を言うのか? ただ欲しいだけなのか? それとも他意があるのか? あの時俺は沙也加にはあげなかったがそれが間違っていたのかは今でも分からない、だがやはり物で人の気持ちを繋ぐ事は嫌だ。一哉は葛藤していた。

「くれないの?」

「流石にダメだな」

「何で?」

「とにかくこれはダメなんだ」

「そうなの、じゃあ仕方ないわね」

「悪いな」

「別に謝る事なんてないわよ」

「・・・」

「でも、こんな言い方もおかしいけど一つ条件があるわ」

「何だよ?」

「このキーホルダーみたいに堂々とした男になって欲しいのよ」

「俺、男らしくないか?」

「見た目は男らしいわ、でも今の私にはそれほど男らしくは感じない、真の男らしさを見せて欲しいのよ」

 そう言った沙希は既に目を瞑っていてただ一哉の方だけに顔を向けている。その表情には今まで見た事のない女の覚悟のようなものを感じる。

 一哉は無心になり沙希に口づけた。口紅の所為かその唇には何時になく甘く、芳醇な香りがする。一哉は勢いに乗じて沙希の身体に手を触れる。それを感じた沙希も自然のままに服を脱ぎ始める。その時一瞬沙希の目が開いたような気がしたのだが、その後も一哉は臆する事なくその身体を貪り始めた。

 一哉とは違い水泳をしていなかった沙希の身体は白く透き通っている。その滑らかな肌触りは一哉が初めて経験する女の肌の感触で、天国にでも行ったかのような気持ちに我を忘れた一哉はひたすら沙希の身体に溺れた。沙希の喘ぎ声を聴くと益々テンションは上がる。

 こうして一哉は生まれて初めて契りを交わしたのであった。

 その日沙希は一哉の家に泊まった。

 早春のまだ少し寒さが残る夜中、二人はどんな夢を観たのだろうか。それは誰にも分からない複雑な夢であったには違いない。

 ただ一哉はこのまま時が過ぎるのを夢観ていたのではないだろうか。

 

 

 

 

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