人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

早熟の翳  二十二話

「あ~ら久しぶり、御機嫌よう」

 まり子は相変わらずの陽気な面持ちで貴族みたいな口調で語り掛けて来た。

「何だよお前、何かいい事でもあったのか? えらく陽気そうだな」

「今貴方と会ってる事が一番嬉しいのよ、一々言わせないでよ」

「ありがとう」

「貴方もちょっとは嬉しそうな顔しなさいよ、いくら弁護士になったからってそんな陰気な顔は貴方には似合わないわよ」

「そうだな・・・・・・。」

 ヤンキーの王道を歩んで来れたのが誠也の天性であるとすれば、まり子の天真爛漫さも天賦の才のような気もする。だがこれまで誠也がまり子の落ち込んでいる所を見た事がない点を踏まえればその才能はまり子の方が1枚上なのかもしれない。

 誠也は取り合えずまり子の近況を訊く。

「ところで看護師の仕事は順調なのか?」

「そうね、今の所は」

「ま、お前の事だから何の心配もいらないだろうけどさ、そういえば誰かも看護学部だったな」

「聖子の事?」

「そうだ、お前の幼馴染のあの子だよ、あれからは大学でも殆ど会う事がなかったけど、あの子元気してんの?」

「知らないけど、あの子とは幼馴染とはいえそこまで仲が良かった訳でもないしね」

「そうだったな、でも淋しい話だな・・・・・・。」

 まり子は何かを閃いたような顔つきになった。

「なるほど、貴方の馬鹿正直さも相変わらずね」

「何がだよ?」

「貴方今修二君や清政君の事で悩んでるんでしょ、バレバレよ」

「お前の勘も相変わらず正確か」

 誠也は微笑しながら言った。

「でもその悩み事は取り越し苦労ね、向こうは全然悩んでなんかないわよ」

「何でそんな事まで分かるんだよ?」

「簡単な話よ、あの人達は貴方と比べると余りにもバカだもん、そこまで物事を掘り下げて考える知能を持ち合わせてないでしょ、別に蔑む訳でもないけど」

 確かにまり子の言う事にも一理はあった。実際これまでの彼等からいらぬ進言を受けた事はあっても全て水泡に帰していたし、誠也に対し何か苦言を言うような事は全く無かった。しかしそれが却って徒になる可能性も否定は出来ない。

 まり子に言わせるとこれ自体が取り越し苦労になるのだろうが、誠也はその不安だけは払拭出来なかった。

 

 月満ちればやがては欠ける。あれだけ見事に咲き誇っていた桜も今では葉桜となり、枯れ行く様には憂愁ささえ感じる。しかし人々は来たるべく夏を想い快活に振る舞う。それは気候は言うに及ばず草花や虫、小鳥に魚、森羅万象全てが勇ましく舞い踊る美しさを漂わす。

 しかし誠也の下には看過出来ない凶報が齎された。

 久さんが言うには清政の仁竜会は解散したとの事で、親分は無論若い衆達その悉くが路頭に迷い何処かの組に身の置き場を頼んでいるらしい。その依頼は案の定安藤組にも寄せられる。誠也はらしくもなく立場を弁えずに久さんに願い出た。

「出しゃばった事は十分承知しておりますが、清政と健太の二人だけでもうちの組で預かる事は出来ないでしょうか?」

 久さんは全く動じる様子もなく整然として面持ちで答えた。

「どうせそう言うと思ったぜ、だがそれは無理な話だな、だいたいあの組はうちとは敵対していた組織だ、そんな奴等を受け入れるほど俺もお人好しじゃねーし、あいつらだってそれではカッコつかないだろ、ヤクザの筋はそんな軽いもんじゃねえ」

「すいませんでした」

「それともう一つ、あの組には貸もあるんだ」

「本当ですか!?」

「あぁ、敵対してるとはいえうちの先代が情けを掛けて敵に塩を送ってたんだ、それも結構な額でな、まだ一文も返して貰ってねしな」

 誠也は慌てふためき帳簿を手にする。その刹那久さんは別の帳簿と借用書をテーブルの上に叩きつけて来た。

「そこには載ってねえ」

 そう言って出された書類には確かにその証拠が捺印までされて示されてある。日付は20年も前で額面は5000万円。もはや解散した組にそんな大金が残っている筈はない。誠也はその事実にただただ愕いていたが、久さんが次に口にする事を察すると腹を決めるのであった。

「誠也よ、分かってるな、俺達も随分キリトリ(取り立て)はして来たんだが返済した貰ったのは僅か数百万ぽっちだ、だがこの時世極端な追い込みも掛けれねーし、後はお前に任せるしかねーんだよ」

「分かりました、取り合えず手続きを始めます」

 その言葉とは裏腹に誠也の気持ちが揺れ動いていた事は言うまでもない。だが彼はそんな葛藤する気持ちを押し殺し、今こそまり子のような信条が必要だと思い無理矢理にも不動の精神を装う。目敏い久さんは彼の心境まで見透かしていたに違いない。

 

 梅雨入りした街は実に鬱陶しい雨が降っては止んで、止んでは降る。本来であればその雨に依って己が暗鬱な心持を洗い流したい誠也ではあったが、時間がそれを許してはくれない。誠也は訴訟を起こす前に清政に会いに行く。

 この時の彼の心情はただ義兄弟の身を案ずるだけでもなく、清政にこの際足を洗う決心を促す為でもあった。それはとりもなおさず健太が堅気になる事を切実に願う彼の親心的なものでもあった。

 例の店で待っていた誠也の下には清政に健太、そして声を掛けていなかった修二までもが姿を現す。意図せずに醸し出す四人の風采を慮った親っさんは彼等をまた奥の座敷へと促す。取り合えず一献飲み干した四人はただ黙って坐っていた。そこで満を持して誠也が口を切る。

「本題に入る前に訊いておきたいのだが、健太、お前何でヤクザになんか成ったんだ?」

 健太はまともに誠也の顔を見る事が出来ない。しかしこのまま黙っているのもおかしいと感じた健太はなけなしの根性示すべく誠也に答え出す。

「誠也君、俺はもう昔のヘタレ丸出しだった頃の俺じゃないんだ、ヤクザになってこの数年、部屋住みから始めて極道の礼儀作法や筋は十分に培われたんだ、今ではシノギもしている、俺は何一つ後ろ指を指されるような事はしてないつもりだよ」

 黙って聴いていた清政は健太の肩に手をやりながら恰も良く言ったと言わんばかりの表情を泛べる。そんな雰囲気にも構わず誠也は健太を殴り飛ばした。壁に飛ばされた健太は反抗する様子も見せずただ俯いていた。

「だから言ったんだよ、お前何でやり返して来ねーんだ? ヤクザえ培われた根性はどうしたんだよ? おー!」

 制止しようとした修二も振り解き尚も誠也はカマシ上げる。

「何時か言ったよな、18を超えたら族は引退するのが俺達の世界では常識なんだ、お前はまずヤンキーの柄でもねーしヤクザでもねえ、だから俺はお前が更正して真っ当な道を歩む事に期待してあの時は許したんだよ、それを今度は自分の組が潰れたから久さんを頼りたいだと! お前極道の筋なんか全然弁えてねーじゃねーか!」

 一旦火が着いてしまった誠也を止められる者は誰もいない。彼の言い分は言うに及ばずその迫力は以前の誠也のままで三人は何も言い返す事が出来ないばかりか酒にも全く手が伸びない。そんな中親っさんがまた頼んでもいない料理を少し神妙な面持ちで運んで来た。

「誠也、これ以上は何も言うな、その健太とやらはうちで預かる、それでいいな」

「有り難う御座います」

 誠也は二つ返事でそう答えた。当の健太はまだ項垂れたままだったが、誠也は強引にでも健太を堅気にする決心でいたのだった。

 このやり取り自体が本題であったようにも思える。四人は取り合えず親っさんの気遣いを受け止めるべく、その手の凝った料理に手を着け始める。

 梅雨の鬱陶しい雨は尚もこの四人の心を憂い続けるのであった。

 

 

 

 

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