人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

約定の蜃気楼  十五話

 

 

 朝目が覚めた時、瞳は後悔していた。その暗鬱な表情の意味する所とは何なのだろう。それに引き換え明朗な面持ちで窓を開け外の景色を眺める真人。

 今日も燦然と輝く陽射しは眩しく、その下で元気良く飛び回る雀達。その可愛い鳴き声はホテルの7階までも十分聴こえ、瞳の気持ちが多少なりとも落ち着いた所を見計らってから真人は声を掛ける。

「何時聴いても鳥の鳴き声は可愛いもんだな」

 瞳は溜め息をついてから答え出した。

「確かにね、それにしても貴方はほんとに楽観的でいいわね」

 真人は瞳の答えを想定した上で訊いていた。恐らくは瞳も同じだろう。となると後はこれからどうするかという話になって来る事はかなりの必然性を帯びて来る。聡明な二人には打開策が無い訳でもなかった。それこそ危険を伴う事になるのだが、安全に越した事もない。真人は一番の良策を瞳と相談する。

「やっぱり昨日みたいなヤバい状況に陥った時は真正面から戦うべきなんじゃないかな?」

 瞳は正反対の意見を口にする。

「それこそ虎さんが言ってた軽挙妄動ってやつよ、男は何でそうなるかな~、もっといい策がある筈よ」

「何だよ、何も思いつく事はないのかよ」

「要は時の流れに身を任すって事よ、下手にこっちから動いてもろくな事には成らないって!」

 本当ならもっと論議したい所だったが、真人は昨晩の契りが忘れられずに瞳の頬に軽く口づけし笑ってみせた。瞳も愛想笑いをしていた。

 取りあえず二人は洗面を終えた後、部屋を出て支配人の好意に依ってレストランで朝食を済ませ、ホテルを出た。それから倉科さんに挨拶とお礼を言おうと公園に行く。しかし倉科は居なかった。真人は他のホームレスに訊いてみたが、散歩だろという曖昧な答えしか得られなかった。

 ここからが今日の始まりだった。二人は公園で噴水の傍に佇みながら思案していた。真人が訊いてみる。

「どうする?」

 瞳は噴水の水の吹き出す様子に夢中で真人の問いには余り関心がないようであった。

「おい、訊いてるのか?」

「訊いてるわよ、そうね~、私は別に何処に行かなくてもいいような気もするんだけど、取りあえず仕事でもしない? お互い体も鈍ってるでしょ?」

「仕事ってお前......」

「私達はお金を持っていないんだから、倉科さんへのお返しとホテル代ぐらいは稼がないとダメでしょう」

 確かにその通りだった。いくら倉科さんが一方的に好意を抱いてくれたとはいえ、それに甘えているだけでは筋が通らない。だがどのようにして金を稼ぐというのだ、仕事なんてそう簡単に見つかる訳もない。そんな真人の憂慮も他所に瞳は意気揚々と歩き始める。真人はただその後を付いて行くだけだった。

 

 和やかだった公園を出るとそこはまた元通りの都会の雑踏であった。街を行きかう人々は昼夜問わずに、まるで何かに追われているかのように常に急いでるような速い足取りだ。空は晴れているとはいえ何処か曇っているようにも見える。とにかく慌ただしい。そんな中、瞳は一軒の中華屋を発見した。猫の手も借りたいようなほど忙しそうなその店では外壁にアルバイト募集という貼り紙まで出ていた。それを見た瞳は言う。

「ここよ真人、ここで働きましょう!」

 真人は反論するまでもなく瞳に連れられ店に入って行った。まだ昼前だというのに店内には威勢の良い店員の声が勇ましいほどに響き渡っている。真人は思った。こんな所で仕事なんて出来ない、自分には向いていないと。

 すると店主らしき人が二人に声を掛けて来る。

「坐らないって事はバイト志願かな?」 

「そうです!」

 瞳は明るい表情で元気良く答えるのであった。

 

 

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 真人がこれまで歩んで来た四悪道。そこでもこの二人の行動を干渉している者達はいた。畜生道で鰐の腹の中にいた小魚。彼はこの世界の長である象の元へ出向いていた。

 元々仲の良かったこの二者は軽い世間話をした後、今後の事についての話や笑い話に花が咲き、象の子供を交えてじゃれ合うほどだった。

 可愛くも鋭い眼光を放つ象の子供は真人の行く末についても心配していた。その想いは親も同じで、それを察した小魚は本題に入らざるを得なかった。

「親っさん、真人はこれからどうなるんでしょうね?」

 親象は勇ましい咆哮を上げてから口を切り出す。

「あの男は優し過ぎるかもな、その優しさでこの四つの悪道を突破出来ただけだ、それが一番難しいと言われてる人間道で通じるかどうかは私にも分からない、勿論是が非でも突破して欲しいのだが......」

 小魚はしゅんとなり返す言葉に困っていた。すると子供象がはりきって喋り出した。

「お二人さん、貴方達は一体彼の何を見ていたんですか? あの人はそんな底の浅い人ではありません、私は一見しただけでそれが分かりました、絶対に事を成し遂げるでしょう」

 この子供象の言う事には一切根拠が感じられなかった。しかしその余りに堂々とした態度には親象以上の貫禄を感じる。これは単に根拠のない自信でもないような気もする。この象の子供は一見しただけで真人に何を感じたというのか、彼の何に惹かれたというのか。それが理解出来ない親象と小魚はまだ悟り切ってはいないのだろうか。

 だだっ広い荒野には風が吹いて来た。風に舞う無数の砂。その砂はやがて砂嵐となり凄まじい音を立てて荒野全体を暗い闇に包むのだった。

 

 中華屋では早速バイトが決まり、真面目に働き出す二人。そんなトーシローの二人に出来る仕事といえば皿洗いやご飯注ぎ、簡単な野菜の盛り付け等が専らであった。

 汗を垂らしながら一生懸命に働く二人は喋る時間すら無かったが、その顔はあくまでも仕事に精を出す一人の人間としての真剣で前向きな気持ちを表している。それを横目で見ていた店主も二人の仕事っぷりを心の中で褒めていた。

 二人は店主や他の店員に叱られながらも精一杯働き、どうにか昼の一番忙しい時間をやり過ごした。やっとこさ客足が減って来た所で改めて話をしようとした瞬間、物々しい数人のグループが店に入って来た。

 その者達は店員が注文を訊こうとした時も笑いながら、亦罵声を浴びせるような感じで行儀の悪い態度で答える。

「あー、取りあえずビールと適当な料理でも頼むわ」

 店員は恐れながらも訊き直す。

「適当な料理とはどのようなものが良いでしょうか?」

 連中は店員を威嚇するような物言いをした。

「だから、適当と言ったら適当だよ! お前頭悪いのかオラー!」 

 店員は仕方なく厨房に戻り、後は店主に任せる事にした。店主は思いついた料理を手あたり次第作って出させた。

 連中は以外と出された料理を美味しく食べていた。余程腹が空いていたのだろうか、食べている時は殆ど話をしていない。だがその顔ぶれには見覚えもあるような。そして食べ終わった後、連中は何も言わずに店を出て一目散に駈け出したのだった。紛れもない食い逃げだ。真人は店主の指示も訊かぬままに外へ出て連中を追いかける。瞳も後を追う。

 やっとこさ追いついた時、真人は連中の顔を見て思い出すのであった。

「やっぱりお前らだったのか、俺の事覚えてるか?」

 連中は真人に対して殴り掛かって来た。真人はそれを素早く躱し、一撃を喰らわす。男の一人が吹っ飛ばされた。憤った他のメンバーは次々に真人に襲い掛かる。真人も数発貰いながらも必死に戦った。そこへ追い付いて来た瞳が連中を一掃した。

 一同は驚愕して無言でその場に立ち尽くした。一体何が起きたのか、まるで分からない。分かっている事といえば自然の理を除いては、今この場に立ち尽くす者と地面に倒れている者がいるという事実だけだ。これはどういう事なのか、瞳は一体何者なのか。

 連中は急いで逃げた。この場に残った二人は互いの目を見つめ合い何も言わずにただ茫然としていた。この場にも風が吹き始め、僅かながらも砂嵐を巻き起こすような勢いを感じる二人であった。

 

 

 

 

 

 

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