人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

約定の蜃気楼  最終話

 

 

 突如姿を現し、いきなり発言を試みようとするレーテを司祭は制する。

「レーテや、およしなさい」

 だが他の長達の寛大な計らいに依って発言を許されたレーテは、携えて来たものを皆の前に出し、こう言いだすのだった。

「まずこの籠に入れられた二匹の蝶と二羽の小鳥をご覧になって下さい」

 長達は怪訝そうな顔をしながらもレーテに従い無言のままそれをじーっと見る。次にレーテは籠の扉を開き蝶と鳥を解き放った。すると蝶も鳥も颯爽と飛び立ち、開けていた窓から外に出て行ってしまった。その後も元気よく、勇ましく、優雅に、そして愛らしく飛び回る蝶と鳥の姿は人の心を癒やしてくれる。こうして再度口を開くレーテ。

「どうです、皆様 可愛いでしょ?」

 長達は言葉に詰まっていたが、まず畜生道の主である象が口を切った。

「ええ、実に可愛いですね、普段から目にする光景ではありますが、こうして改めて見せられると何やら心が和むようですわ」

 象に釣られるようにして他の長達も次々に感動の意を表す。

「久しぶりに気持ちが安らぎましたわ」

「うん、良いものを見させて貰った」

  これらの言葉はレーテを安堵させた。そして口笛を吹くと蝶と鳥は素直に籠の中へ帰って来た。レーテは改めて語り掛ける。

「座興に付き合って頂き有り難う御座いました、皆様が言われたようにこの蝶も鳥も自由をてにすると実に元気よく飛び立って行くのです、当たり前の事かもしれませんが、でも中には籠の中で大人しくしているものもいます、それはまだ自分が飛び立つ時では無いと思っているからなのです、虫も動物も植物も人間も、生きとし生けるもの全ては自分が飛び立つ時期を心得ているのです、それを他人が操る事は出来ないのです、つまり今正に真人さんと瞳さんの二人には飛び立って行く時期が来たのです、それを止める権利は如何にこの町の長達であろうとも有してはいない筈です、今口笛一つで舞い戻って来たこの蝶と鳥のように、あの二人にももうそれだけの賢徳が身に付いているのです、それは皆様の方が良くお分かりになっている筈です、どうぞお心のままに、お二人を自由にさせてやって下さいますようお願い致します、出しゃばった真似をしてしまい申し訳御座いませんでした」

 司祭が返答した。

「シスターレーテ、貴女は私が想像していた以上の優しい人だったようですね、どうです皆さん、もう維持は張らずに二人を自由にしてあげようではありませんか、ねえ虎さん?」

 虎さんは軽く溜め息をついたが、徐に顔を上げ答えた。

「そうじゃな、もうあの二人には試練はいらんじゃろうな、多少の掟破りは大目に見てやるか、あの二人ならこれから先も心配はいらんじゃろうて」

「よし、決まりじゃ、あの二人は今解き放たれたのじゃ、この蜃気楼の町から」

「そうと決まれば早速呼びましょうか」

「おう、それがいい、早く呼んでくれ」

 司祭は術を使い二人をこの場に召喚した。面食らった二人は周りを見回してこの状況を確かめる。知っている者ばかりだ。真人と瞳、この二人は目を合わすなり涙腺を緩ませ周りを憚らずに抱き合うのであった。

 

 

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 風が吹き抜けるこの部屋は解放感があり心まで解放されたような気になる。森羅万象という言葉には無論この自然の理、風も入っている事は言うまでもない。部屋の窓を開けた事に依って解放されたのは蝶や鳥や人間の心だけではなく、この風とて同じであった。解き放たれた風は外気に触れ、そこで自由闊達に宙を舞う事が出来るのである。そして部屋の内気は浄化され、それに依って人々の気持ちもリフレッシュ出来る。

 今ここに真人と瞳の二人が呼ばれた事は人工的ではなく、正に自然の理であったようにも思える。レーテの言句はあくまでもそれに発破をかける、手助けをしたに過ぎなかった。そう考えると長達の短慮も浮き立って来る訳なのだが。

 何はともあれ二人の自由は確約されたのだ、これを祝わずにいられるものか。長達は口々に二人に祝福を贈る。

「真人さん、久しぶりですね、私は信じてました、おめでとう!」

「真人よ、また色んな策を御願いしますぞ~」

「こっちに来ないで助かったぜ、餓鬼どもはお前だけは食べたくないらしいからな」

「泣く子も笑うとはこの事か、地獄の鬼達も笑ってるだろうぜ」

 四悪道の長の次は司祭が話し始める。彼女は何時になく優しく気高く、淑女の気品を漂わして二人の前に歩み寄る。

「貴方方は誠の人間です、真人さん、幾多の厳しい試練によく打ち勝つ事が出来ました、初め修道院で貴方を見た時に信じてはいましたが、まだ何処となく頼りない貴方を心配していた事も事実です、でもそれを見事に払拭してくれた事には礼を言わせて貰います、本当にありがとう、そして瞳さん、貴女もこれまでよく勤め上げてくれましたね、真人さんが試練を乗り越えるのにも貴女は多大なる貢献をしてくれました、その事は他ならぬ真人さんが一番感じておられるでしょう、今こそ羽搏くのです、光輝く未来に向かって!」

 二人は照れ笑いをしながら礼を言った。そして最後に虎さんが満を持して口を開く。

「真人よ、お前最初この町に来た時からわしの事が嫌いじゃったようじゃが、今でもそうなのかな? ま~そんな事はどうでもよいのじゃが、とにかくおめでとう、これからも二人手に手を取って頑張って生きて行くんじゃぞ、よいな!」

 虎さんの口数は少なかった。だがその言葉の中には大いなる優しい激励が感じられる。二人は口を合わすようにして礼を言った。

「有り難う御座います、どうか皆様もお元気で」

 深々と頭を下げる二人に対し、拍手を贈る一同。それはまるで結婚披露宴のような光景でもあった。

 

 

「いいから、もう行きなさい、貴方方の思う未来へ」

 この言葉に依って二人は立ち去った。取り残された一同は嬉しくも儚く、切ない想いが胸を駆け巡る。それを感じるのは二人とて同じで、敢えて後ろを振り返らず前に進む二人。部屋を出て少し進んだ二人はひたすら抱きしめ合い、辺り構わず互いの身体を愛撫する。その様子を見守る天もまた、喜んでいるようにも思える。

 今の二人を邪魔する者など一人もいない。ただ無心に抱き合う二人。その手は相手の身体全体と心を侵し、心は身体に立ち返って来る。心身共に癒された二人に言葉は要らなかった。

 部屋を出て数十分が経った頃、二人は自然と湖に辿り着いた。この場所こそが全ての始まりであった。真人はここで虎さんに会い、自ら爪先を刺して、瞳に看病して貰った。

 人の業というものには実に摩訶不思議な力を感じる。意図せずここへ辿り着いた真人は意図せず瞳に巡り合った。この事象だけを取って見ても人為的なものは一切感じられない。だがそれを全て自然の理と片付けてしまうのにも無理があるような気もする。

 人は世に連れ世は人に連れ。という言葉に少し捻りを加えると、人は天(神)に連れ天(神)は人に連れ。と強引に解釈する事も出来るのではあるまいか。人間の業と念、それに天の御心を加えたもの、その三者が真に合致した時こそ真実が生まれる時であるように思える。

 決して己惚れる訳でも無かったら上からものを言う訳でもないこの純粋で正直な気持ちを育む事が出来た二人は今正に、天に還る時が来たのではあるまいか。

 二人は目を閉じたまま心の中で会話をし始める。

「真人、私達これから何処に行くんだろうね」

「そんな事分からないさ」

「そうね、でも私今だから言えるんだけど、初めて会った時から貴方の事好きだったよ」

「俺もだよ、君が祭りで綺麗な着物姿で牛車を引いていたあの時、俺は目を奪われたよ、この世にこんな美しい人(女)が居るだなんて思いもしなかったしね」

「ふっ、ありがとうお世辞でも嬉しいわ」

「お世辞なんかじゃ無いって!」

「分かってるって」

「そうか......」

 真人は心の中で瞳が消えたような気がした。

「瞳!」 

「なに?」

「おう、居てくれたんだな」

「当たり前じゃない、どうしたの?」

「いや、別に......」

 瞳には分かっていた、この時のの真人の心境が如何に複雑なものであったかを。

「真人、この町はもう直ぐ消えてしまうの」

「何だって!」

「今更愕く事でもないじゃない、この町は蜃気楼の町なのよ、あの消えては現れる、そして現れては消える蜃気楼」

「それは散々訊いてるけど、今消えてしまうのか!?」

「冗談よ、貴方って本当に正直なのね、そこが好きなんだけど」

「正直さこそが大切と言ったのはこの町の方だぞ!」

「その通りよ、だからこそ貴方はここから出て行く事が出来るの」

 何故か気が急いた真人はこう呟いた。

「もういい、もう一度口づけしてもいいか?」

「いいわよ、何回でも何分でも、その代わり約定だけは忘れないでね」

 瞳の言に甘え真人は思う存分接吻した。甘美な味わいは身体全体に響き渡り、天をも突くような勢いがあった。その色香に酔いしれる中、真人にはまた天の声が聴こえて来るのだった。

「ありがとう、そしてさようなら.......」

 

 何がさようならなんだ!? この声は誰なんだ!? そう思った時、既に瞳の気配は感じられなくなっていた。慌てて目を開く真人。事態は急変し眼前にあるもの全てが消えて行く。真っ白になって。

 これが蜃気楼の正体だとでも言うのか、瞳が言った約定とは何なのか。

 消え失せる町と共に約定を訴える瞳。それは真人がこの町に足を踏み入れた時から言われていた約定なのか、それとも.......。

 雲は全く無く、太陽も月も、虫や鳥の鳴き声も、植物、そして湖まで。今、全ては消え去ってしまった。

 それでも瞳が最期に口にした言葉だけは、はっきりと覚えている真人であった。

 

                                    完 

 

 

 

 

 

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