人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

甦るパノラマ  八話

 

 

 料理を食べ始める英昭の手は些かなりとも震えていた。母が丹精を込めて作ってくれた料理は美味しいに決まっているのだが、せっかくの御馳走も気が沈んでいた今の英昭の喉を余り通らない。だが母を悲しませてはいけないと思った彼は少し大袈裟な物言いをする。

「めっちゃくちゃ美味しいよ! こんな料理を食べたのは生まれて初めてだよ!」

「ふん、大袈裟な子ね」

 一口食べただけでそこまで感動する英昭の様子を訝った母は彼の顔にはっきりと目を見据えて今日一日の事を訊いて来た。

「で、競馬場デートはどうだったの?」

 益々慌てた英昭はて少し活舌の悪い言い方をする。

「な、何でデートだと分かったんだよ?」

「あんたの様子を見てたら嫌でも分かるわよ、彼女とはどうなの?」

「ま~、巧く行ってるけど」

「ふ~ん」

「何だよ?」

「別に、ところであんた儲かったの?」

「何の話だよ? 馬券なんて買ってないって」

「なら何で競馬場なんかでデートしようと思ったの?」

 英昭は一時間を置いてから答え出す。

「俺がまだ幼い頃、親父と三人で競馬場に行っただろ、あおの時の風景が今でも目に焼き付いてるんだよ、あの景色を好きな人と一緒に見たい、ただそれだけの話なんだよ」

 訊いていた母の目は既に涙で潤んでいた。母もあの時の事は当然覚えていて、あれこそが三人が仲睦まじく生活を送っていた、言わば倖せの絶頂であったのかもしれない。それが僅か数年で終わってしまうとは誰が予想出来よう。いくらギャンブル好きであったとはいえ、二人を残して夭折してしまった父を決して恨みに思う事は無かったのだった。それどころか未だに父の面影を目に浮かべる英昭と母。互いの想いは哀しさ、淋しさの上にも固い絆を漂わす。

 言い方は悪いがこの英昭の言が功を奏したのか母はこれ以上何も訊いては来なかった。それは勿論英昭にとっても好都合だった訳だが、母の心中を察すると自分まで哀しくなって来る。英昭は料理を平らげ大人しい口調で

「ご馳走様でした」

 とだけ言って部屋に戻って行く。母は切ない表情を浮かべたまま夕食の後片付けをしていた。

 

 翌日も晴れていた。紅葉の秋。季節毎に咲く樹々や花々の中でもやはり紅葉は一層色鮮やかに見える。赤、黄、緑、様々な色合いを映し出すその姿は恰も人の心までをも映し出しているようにも感じる。今の英昭の心の色は何色だろうか。赤ではない、黄色でもない、ならば緑か、いやそれも違うような気がする。となると今の紅葉には無い色になる訳だがその明確は色までは英昭本人でさえ分からなかった。

 こういう時さゆりなら何と答えるだろうか、彼女のような聡明な女性ならきっと適格な答えを与えてくれるような気がする。だがこの状態で彼女に声を掛けるのに明らかには無理がある。英昭はこの余りにも馬鹿正直な己の気持ちと自然の理自体を少し鬱陶しく思った。家を出てまだ僅か数分が経っただけで駅にも着いていなかった彼は初めて学校を休みたいと思うのであった。

 それでも嫌々ながらも登校した英昭。来週に体育祭を控えた学校では生徒達の姿が何処となく活気に充ち溢れているように思える。校門を潜ると後ろから肩を叩き快活に声を掛けて来る者がいる。

「おう英昭、何か久しぶりに会った感じがするな、週末の収支はどうだった?」

 同級生の彰俊は相変わらずも一切辺りを憚る事なくいきなりギャンブルの話をして来た。何故こいつはこうも単細胞なんだ、神経が通っているのか、一度叩きのめしてどんな泣き方をするのか確かめてやりたいとまで思う英昭。この飛躍した考え方こそがギャンブルに身を堕とした者の過激な論理なのかもしれない。無論英昭は真に受ける事もなく軽く返答する。

「おう上々だよ」

「流石だな~」

 この後二人は一緒に教室に向かうのだった。

 

 

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 さゆりは既に席に坐っていた。何時もながらに大人しく行儀良く坐っていたさゆりの姿は悪い表現をすると少し浮いているようにも見える。しかしその聡明であるが故の彼女の品性に充ちた佇まいは、まるで神に仕える淑女のような漂いがある。

 そんな彼女を姿を眺めていた英昭は改めてさゆりに惚れ、自分が真に好いている事を確信するのであった。

 午前の授業を終えた英昭は昼を取った後、5時間目の体育の授業に備え体操服に着替えてからグランドに出て行った。教室から離れた場所にあったこのグランドではいくら昼休みとはいえ遊んでいる生徒は少ない。となるとエネルギーが有り余っていた若い生徒達にとって5時間目が体育である事は有難いとも言えよう。

 颯爽とグランドに赴いた英昭に対しまた声を掛けて来る彰俊。彼は何時もとは違い少し角度を変えて語り掛けて来た。

「英昭、実は折り入って話があるんだが.......」

 彼の顔は真剣だった。こんな顔を見るのは久しぶり、いや初めてかもしれない。英昭は微笑を浮かべながら答えた。

「柄にもない表情するなって、さっさと話せよ」

 彰俊は少し照れながら喋り出す。

「実は俺今付き合ってる女がいるんだ」

「へ~、誰よ?」

「桃子さ」

「あ~そう言えば」

「何だ知ってたのか?」

「いや、誰かがそんな事言ってたような」

 彰俊は多少訝りながらも言葉を続ける。

「ま~いいよ、彼女に言われたんだよ」

「何を?」

「ギャンブルが好きな人は嫌いなんだってさ.......」

 英昭はさゆりとの会話を思い出す。確かにさゆりもそう言っていた。あの時はそれほど気には留めなかったが今になって彰俊の放ったこの言葉が自分を苦しめようとは思いもしなかった。この二人の男、そして二人の女は明らかに同じ道を辿っているように見える。性格まで同じなのか。

 性格が似た者同士である場合、その仲は巧く行かないと言われる事もある。だが似た者同士であるからこそ相思相愛になる事も多々ある話でもある。人間関係とは正に複雑怪奇なものでその相性は当事者にも理解出来ないといっても過言ではないだろう。

 しかしその性格や感性が全くの真逆で天地の差があるとすれば話は変わって来るのではあるまいか。守りに入る訳でもないがこの時英昭は完全な同類の人種を見つけたような気がした。

 英昭は残り僅かな休み時間で取り合えずこう告げる。

「彰俊、その辺の事はまた折を見てじっくり話をしよう」  

 彰俊は表情の変わった英昭の顔を凝視して

「あ、ああ、そうだな」

 と答えるのだった。

 

 体育の授業が始まった。果敢にグランドに駆け出す生徒達はスポーツの秋を謳歌するように意気揚々と羽を伸ばし、その身体を思う存分拡げてみせる。彼等が馳駆するグランドは一時的に砂埃を巻き上げ、その光景は宛ら体育祭本番のような様相を呈していた。指揮監督する先生はそれを咎めるように大声を張り上げる。

「集まれー!」

 体育の先生というのは今も昔も厳つい雰囲気を漂わす人が多いように思える。その先生は鋭い眼光を緩ませずに生徒達を睨みつけるように言葉を続けた。

「今日も来たるべく体育祭に向けて練習を行う、皆気合を入れて行くように!」

 先生に促されるままに皆は色んな競技の練習に勤しむ。まずは体育祭では恒例の徒競走。これは皆が参加しなければならない競技の一つで、亦体育祭を盛り上げる最大のイベントにも思える。

 英昭の出番は後の方だった。皆が見つめる徒競走のリハーサルではみんな精一杯に走り続ける。僅か100mの距離ではそこまでの差もつかない。そんな光景をボケーっと眺めていた英昭の目にはさゆりの姿が映る。

 彼女はその100mの距離を少し差をつけて一着でゴールした。1年生の頃はその存在を知らなかった英昭。今彼にはさゆりの運動神経が如実に感じ取られる。

 ここまで速いのか? あの大人しいさゆりが。

 この瞬間英昭は戦慄した。文武両道、知勇兼備、言うなれば昔の女武者。さゆりは正にそれに違いない。思わず拍手を贈る生徒達。その歓声はグランド全体に響き渡り先生をも驚愕させる。

 英昭も思わずさゆりに近づいて行き声を掛けようとするのだった。

 

 

 

 

 

 

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