人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

甦るパノラマ  二十五話

 

 

 案ずるより産むが易し。どうせ一回きりの人生ならたとえそれが悪い事であっても、大して人に迷惑を掛ける訳でも無かったら人を殺める訳でも無い、所詮はあくどく儲けているサラ金業者の金ではないか。ならばいっそそれを奪う事に依って正義の証とする事も出来るのではないか。

 実に都合の良い自己中心的な考え方ではあるのだが、これ以上逡巡する事を嫌った英昭の衝動に駆られた想いは理性を失いエスカレートして行く一方だった。

 そうなれば事を起こすに早いに越した事はない。兵は神速を尊ぶ。今度は自分の方から積極的にアプローチを掛ける。電話に出た義正の声にはこの前とは真逆なぐらいに張りが感じられた。

「おう、ようやく腹が決まったのか、じゃあ早速今晩決行するか!」

「分かった」

「服や道具、車などは既に段取りしてある、じゃあ今夜26時に例の公園に迎えに行く」

「了解」

 話はついた。英昭は電話を切ったあと気を落ち着かせる為酒を飲み出す。だがこんな時に飲む酒は落ち着かせるどころか、返って昂奮させる作用があった。

 成功すればいくらになるのだろう、1000万か2000万か。二人で割るからいい所1000万か。1000万手に入ったらまずは借金を返して、そのあと適当に買い物をして今度はレートを上げてギャンブルが出来るな。母にもまとまった金を渡せる。そうなればいくら母とて無下に拒む事も出来まい。

 未だ手にしていない金の使い道をあれこれ考え始める彼の精神構造は実に滑稽極まりない。正に雲を掴むような話である。だがこれこそがギャンブル依存症特有の性質であり競馬でもボートでも勝負が始まる前から取ったつもりになってしまう、勝利を確信してしまうその浅はかな思慮も根拠のない自信の一つで自分自身を前向きにする力があった事も確かではある。

 知らぬ間にいい気分になって行く英昭。景気づけに過ぎないこの酒は何とも美味しく彼の五臓六腑に染み渡って行く。アルコール度数40度のウィスキーをロックでちびちび飲む英昭は少しキツい口当たりからスタートし、喉を通ったあと酒が流れて行くあらゆる臓器が歓喜に沸き立つ様が見えるような気がした。

 それにしても酒の力は侮る事が出来ない。その時々の人の気分の赴きに合わせて自然の裡に呼応してくれる実に便利な逸品だ。気が沈んだ時、昂揚している時、普通の時、それぞれに役割を果たしてくれる酒は単体でそれだけの力があるのだ。そこに他人が介入する事に依って更に良い情景を醸し出してくれる事もあるが、逆効果という副作用を起こす場合も当然ある。

 やはり酒は一人で飲むに限る。元々付き合いが嫌いだった英昭は今更ながらそんな事を考えていたのだった。

 

 時間は刻々と進み既に日付は変わっていた。ちびちび飲んでいたとはいえボトルの酒の量も減って行く一方だ。その減り行く様に比例するように酔いも少しづつ覚めて行く。祭りの前の高揚感は収まりつつあった。だがこの微妙な緊張感こそが事を起こすに大切である事は言うまでもない。そこに幾分の余裕が相重なって力と自信が生まれるのである。それを酒に依って得られた事は有難くも情けない話でもある。

 いよいよ定刻の深夜2時間前。英昭は母に気付かれぬよう自室の窓から屋根伝いに地上に降り、辺りを警戒しながらも平然とした様子で公園に向かう。

 静まり返った街並みに人の気配は全く感じられなく、僅かに灯る家々の灯りは蛍の光のような淋しさを漂わす。少し早めに着いた公園にはまだ義正の姿は見えない。ベンチに坐り回りを警戒する。

 思えばこの公園に来たのは何時以来だろうか。地元であっても滅多に来ないこの公園は昼は子供達や老人、或いは暇人で賑わい夜はカップルがたまに姿を現す平凡で在り来たりな公園だった。

 以前ここに来たのはさゆりを初めて自宅に招いた時だった。それ以来一度たりとも来ていない。何故来なかったのかは自分でも分からないが、さゆりの事を意識していた可能性も否定は出来ない。あの時は自分が好きな秋だった。紅葉が咲き誇る秋。それは二人にとっても忘れ難い高校生の頃からも色んな思い出が詰まった季節だった。

 少し物思いに耽け出した頃を見計らったように義正が現れる。彼は予定通り2tダンプに重機を積んでいた。車に乗ったまま窓を開け、手を振りながら英昭を促す。素早く車に乗り込む英昭。今正に二人は罪を犯しに行くのだった。

 

 

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 義正は車を走らせながら取り合えず着替えるよう指示する。真っ黒の上着に真っ黒なズボン、そして目出し帽に黒い手袋。黒ずくめのその衣装は宛ら昔の鼠小僧のようにも見える。運転するスピードも速過ぎず遅過ぎず、迷う事なくスムーズに走行する。 

「まだ帽子は被るなよ」

「分かってるさ、それにしてもお前、用意周到だな、まるで本職みたいじゃなーか」

「当たり前だろ、こんな事いい加減に出来る訳なーだろーよ」

「まぁな」

「ここまま国道を10kmほど真っすぐ走って行くとそこから脇に入った道に無人のATMだを置いた場所がある、そこを襲う訳なんだが、俺は重機をこのままの状態でATMを潰してダンプに乗せ逃げるという算段だ、お前は外でシケ張りをしてちょっとでも危ないと思ったら車を運転して逃げ出してくれ、首尾よくATMを乗せた場合もだ、運転出来るか?」

「ああ、一応な」

「簡単だから安心しな、じゃあ心構えをしておけよ!」

「ああ」

 走行中、警察車両は一切見なかった。英昭はそれを訝りながら義正に問う。

「お前もしパトカーが走ってたらどうするんだ? この時間に重機を積んだトラックが走っていたら怪しまれるんじゃないか?」

 義正は至って冷静な口調で答えた。

「何の心配もいらないさ、それも考えてあるから」

「どうするんだ?」

「見てみろよ、この道路メンテナンスの車両の列を、今ここは上に走ってる高速道路の橋桁と道路のメンテが続いてるんだ、ATMがある近くの現場で働いてる土木業者は俺の知り合いだ、もし警察に何か言われればそこに行くと言えばいいだけだよ」

「そこまで計算づくだったのか、でもその工事業者に怪しまれる事にもならないか?」

「それも大丈夫、何故なら俺の会社も今夜勤中なんだよ、俺は今抜けて来ただけなんだ、勿論事を終えた後は現場に戻るけどな」

「そんなに簡単に行くのか?」

「実は俺は今回で2度目なんだよ」

「そうなのか!? なら金あるんじゃねーのかよ!」

「いや、それが最初にやったのは相手がちょっとややこしい奴等で俺には一切分け前を与えずそのまま逃げてしまったんだよ、でも奴等の手口は実に鮮やかだったよ、それを見てて分かったんだ、ATMを潰す事なんて誰にでも出来るんだ、問題は腹の据わり方一つだよ、腹を据えてやれば出来ない事なんてないんだよ」

 義正の言う事にも一理はあるだろうが、これもまた根拠のない自信みたいなものだった。だがそれが英昭を安心させる力であった事も事実である。今の義正はこの前会った時の義正とは別人のように頼もしい。

 何故こんなに変身したのだろうか。この前の彼は演技でもしのかていたのか、俺を欺く為の芝居だったのか。でも今それを掘り下げて考える余裕は無かった。

 工事中の現場からは無数のランプが蛍の群れのような灯りを辺り一帯に投げ掛けている。それは二人を現場まで誘(いざな)う悪の道標(みちしるべ)のようにも見える。

 この先にあるのは光なのか闇なのか。もはや後戻り出来ない状況にまで追い込まれた英昭はさっきまで飲んでいた酒の力を借りるべく強引にもその時の心境を作り出そうとしていた。

 そして現場に着き車から降りる二人。真夏の夜風は涼しくも淋しく、切なく彼等の身体と心を吹き抜けて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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