人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

哂う疵跡  十話

 

 

 神なびの みむろの山を秋ゆけば 錦たちきる心地こそすれ。一将の進んだ道は決して神聖なものとは言えないが、烏滸がましくもこの歌のような心持にさせてくれる秋という気節自体が神聖で尊ばしいものである。

 その天為に応えるべく日々精進して行く人々の有り様も見事なもので、万物を美しく彩る秋そのものが美の象徴であるとも思える。

 一将はその後も直向きに任侠道に励み、組への忠誠心を高めその身を律し、何時の間にか一端の極道へと成長していたのだった。

 彼の素晴らしい所は己が出世だけではなく、新参者であるにも関わらず誰からも恨み妬みを買っていない事に尽きるだろう。それどころか組内でも既に求心力のある一将はもはや一家の長となるのにも十分な器量、貫目を持ち合わせていたのだった。

 それを羨むのは寧ろ組長である宇佐美であったかもしれない。彼は弟分である一将の出世を喜ぶと共に内心では危惧を抱いていた事も否定は出来ない。だがそんな憂慮こそ宇佐美が最も毛嫌いする狭量な考えで、たとえ一瞬でもそういう想いに傾きかけた自身の心の動揺を恥じる宇佐美でもあった。

「うちから5人、本家から3人、下の組織から5人の計13人をお前に付けてやる、十分とは言えねーが旗揚げにはちょうどいい人数だろ、これからも頼むぞ!」 

「はい、重ね重ねの手厚いご配慮、本当に有り難う御座います、恩返し出来るよう精一杯頑張って行きます」

「おう、その意気だ」

 この一瞬だけでも一将は己が才に溺れていたのではあるまいか。彼とて宇佐美を出し抜くつもりなどは一切無い。だが人の心に歯止めを利かす事は難しいものでもある。それが良き方に導かれんとしているこのような状況では尚更でもある。

 そしてこれだけの早い出世を果たす事自体にも何か物足りなさを感じる一将。それは自身に与えた試練にはまだまだ甘い、まるで小学生が言葉や計算式を覚えるかの如く簡単な課題の一つに過ぎないようにも思えないでもない。

 その答えこそ簡単なもので彼が欲していた試練とは修羅のように立ち回る血みどろの、正にヤクザ映画に出て来るような凄まじい光景が足りなかったのである。しかしそれを自ら欲して行くのも実に滑稽な話で、順風満帆に越した事はない。一将は未だ見えぬ行く末を案じながら改めて本家で正式な盃の儀式を受ける運びとなった。

 

 数日後、本家を訪れた一将は愕きを隠せなかった。何とも見事な豪邸、ぱっと見ただけでも数百坪はあるだろうか。その庭園には様々な樹々が植えられてあり、威厳のある大きな庭石はまるで生きているように見える。長い渡り廊下を進んだ先にある広々とした和室には既に儀式の段取りがされてあり、達筆で認められた掛け軸、神棚、真っ白い盃、黒光りする日本刀の鞘。それら全ては一将の心を一層律するのだが、物怖じしてはいけないと思った彼は決して卑屈になる事なく、威風堂々とした様子で儀式に赴く。

「この度は手前のような稼業昨今の駆け出し者の為に数多くの諸先輩方に列席して頂きましたる事、誠に有難う御座います、手前がこれからも至誠一貫組織に忠誠を尽くす事は言うに及ばず、更なる発展を遂げる為日々精進して行く覚悟にて、皆様には是非とも厚い心で叱咤激励を賜りたく宜しく願い致したく存じます」

 盃が宇佐美から一将へと繋がれる。その盃を三度で見事に飲み干した一将は名実共に宇佐美の七三の舎弟となった。拍手をする幹部一同は峻厳とした面持ちで二人を見届ける。儀式を済ませた所で初めて口を開く本家山誠会親分の榊原はその貫禄のある風格とは裏腹に一将に対して優しい言葉を投げ掛けて来るのだった。

「君が西グループの御曹司一将君かね、立派になったもんじゃなぁ、あの幼い子供が今では宇佐美の舎弟、つまりは山誠会の三次団体の親分かね、これは先代の西社長も大いに喜んでくれる事じゃろうて、宇佐美、お前もいい弟分を持ったな、これからは正に二人三脚、組織を盛り立てて行ってくれよ、それからわしの事を親代わりと思って何でも言っておくれよ、遠慮する事はないからな」

 これこそが天下の山誠会当代である親分の器量なのか。それにしても大らかな言である。まるで堅気のような言句を口にする親分の本心は如何に。

 だが一将も宇佐美同様に人の心の裏を計るような賤しい真似はなるべくしたくなかったのだった。

 

 

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 兄と時を合わせるように弟一弘も次期社長として社員一同から歓迎を受け、祝杯をあげるのだった。一応の挨拶を済ませた一弘は多くの社員達から盃を受けいい気分で酔い初めていた。

 少し顔を赤らませる彼のまだ幼い雰囲気は一将のそれとは違いただひたすら可憐さだけを漂わせる。だがそれも一興これも一興で彼の幼い雰囲気こそが経営に苦しむ今の西グループを励ます力になっていた可能性もある。

 人がそれぞれに現す様は何とも滑稽に見えるのだが、その力は決して侮れないものでもある。己が非力さを理解している一弘が齎す社員一同を明るくさせる副作用。それが真に彼自身にある力であるとすればもはや副作用などでは無く主作用である。

 しかしそれを省みる一弘の想いも実に正直なもので、まだ完全な力を得ていない彼は真に作用する心の薬を求めていた。

 その薬は当然ながら彼が生きて行く上で培われる力でもある。組織の中で成長して行こうとする兄弟の人生観は或る意味同じものでもある。兄に負けじと決意する一弘は改めて皆の前でこう告げるのだった。

「我が兄とは比ぶべきもない不肖の身ではありますが、自分はググループを立て直すどころか今以上に発展させて行く所存ですので、どうか力を貸して頂きたく存じます、その為ならば自分は犬馬の労も厭いません」

 この決意は皆を感動させた。喜びに打ちひしがれる一同は大いに酔い、大いに食べ、大いに笑い充実した時を過ごしていた。

「これでグループもまた一花咲かせる事が出来るかもな」

「おう、あの社長なら大丈夫さ」

「その為にももっと頑張らないとな」

 固く誓い合う皆の姿は正に和であり絆である。この和を持続させる事こそが一弘に与えられた真の宿命(さだめ)のような気もする。

 だが皆が快く酔いしれる中に一つの怪しい影が姿を現す。その者はただ一人で現れ実に下卑たる罵声を浴びせて来た。

「はいはい仲良しこよしの茶番倶楽部はそこまでにして、もっと真剣にグループの行く末を論じようではありませんか、ねぇ次期社長さんに会長さん」

 場は一気に騒然となり怒声を上げながら向い行く一同。しかし一弘はこれを制し悠然とした態度でその者に答える。

「幸正、お前何が言いたいんだ? 俺の前に来てはっきり言ってみろ!」

「誰か奴を追い出せ!」

「待て!」

 父の一彦をも制し幸正を堂々と迎い入れる一弘。その姿はもはや幼さだけを漂わす可憐さを失っていた。

 一弘の眼前にまで進んで来た幸正は皆を相手するような角度からこう言って来る。

「このままではグループは持ちませんよ、そんな事は皆さんが一番よく理解してるんじゃないですかね、志だけで繁栄出来るのなら世界中の人が皆倖せになってますよ、学芸会ではないんですよ、目を覚まして下さいよ、自分に任せて貰えば如何様にもグループを発展させて見せますよ」

「何か策があるのか?」

 一弘の言を訊いた幸正は内心しめたと思った。

「相手にしては駄目です、この者は会社を裏切った、言わば謀反人ですよ、今直ぐ追い出しますから、決して惑わされてはいけません」

 幸正は社員達に依って追い出された。だが一弘の胸に秘めたる想いは今の尚はっきりとした形を残していた。

 美しい秋の景色は依然として人の心を優しく和らげる。人はその自然に報いる事が出来るのだろうか。一弘は今正に社長としての度量が試されていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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