人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

早熟の翳  七話

 決戦の刻(とき)は来た。それはGW開け、夕方の港の岸壁であった。

 久から段取りを訊かされていた神原は一人で来ていた。その場には誠也と神原、安藤久の三人だけの姿が夕陽に照らされ静かに佇んでいる。

 改めて誠也は神原に訊く。

「お前、本当にこの勝負の趣旨が分かってんだろうな?」

「ああ、分かってるよ」

「言ってみろよ」

「一々言わせんなよ」

 神原は相変わらずいけ好かない表情をしていた。

「いいから、声に出して言えって!」

「負けた方は絶体に逆らわないんだろ!」

「それと!?」

「ケジメつける事か?」

「ああ」

「わざわざ安藤さんまで招(よ)んで来るとは周到だな」

「それだけお前らが信用出来ないって事だよ」

「ふっ」

 誠也はまだ神原を信用し切っていなかった。だが久さんまでもが来てくれている以上、やるしかない。誠也は深く深呼吸をした。

 そして誠也が水平線の彼方に聳える今にも沈まんとする太陽を目を細めて眺めていると強烈なインパクトが誠也を襲った。

「何余所見してんだよ、効いたろ」

 神原も流石であった。確かに効いてはいた。顔面に強打を喰らった誠也は少し身体を捻らせたが、その反動で遠心力を加え渾身の右ストレートを繰り出す。

「ぶほっ!」

 そのパンチは完全に神原の顎を捉えた。神原は一撃の下に地に伏した。誠也は連続攻撃を繰り出す。パンチにキック、高速のコンビネーション技は神原に応戦の暇(いとま)を与えない。神原の顔は既に腫れ上がりまともに誠也の顔も見えていないであろう。

 決着は着いたかに見えた。誠也は余りの手応えの無さに満足出来ず、神原が立ち上がって来るのを敢えて待っていた。

「ブスっ!」

 その鈍い音は誠也の身体から発していた。誠也の腹にはナイフが突き刺さっている。凄まじい苦痛が誠也を襲う、一時身体に力が入入らない。息をするのも苦しい。だがこれはあくまでも誠也の油断であった。

「うぉぉぉー!」

 誠也はナイフを強引に抜き取り最期の一撃を放つと神原はその場に倒れ込み失神した。すると何処からともなく大勢の男達が乱入して来る。もはや誠也にはそいつらを相手にする力も残っていなかった。

「ゴラー!!!」

 その声は周囲一帯に轟き、久の一声で連中の倍以上の数の屈強な男達が疾風(はやて)の如く現れた。

 神原の手下どもは一瞬にして抑え込まれ一人も逃げる事は出来ない。20人程の愚連隊は悉く捕まりヤキを入れられる。港には彼等の悲痛な呻き声が鳴り響く。久は神原の髪を掴み

「どうせそんな事だと思ったぜ、所詮お前はそういう奴だよ、外道だな」

 と言って彼の顔に鉄槌を下す。久は更に言う。

「お前ら、これ以上醜態晒すようなら今度は俺らがtことん相手してやるからよ、それでもやるんなら何時でも来いや!」

 久に反論する者は一人もいなかった。愚連隊どもは泣きながら大人しく帰り、神原は泣く泣く誠也と久に対し土下座をして謝った。誠也は久の子分の手に依って病院に運ばれる。

 こうして永に渡るy地区との抗争は一旦幕を閉じたのであった。

 

 

 一羽の燕が華麗に空を飛び回る。病室の窓外に見える景色は美しかった。

 誠也の傷は思いのほか浅かった。腹に手を当てながらベッドの上で身を起こそうとすると看護師が入って来て

「まだ早いです、横になっていて下さい」

 と彼を制止する。誠也はやむを得ず横になり看護師にこう訊いた。

「何時になれば退院出来るのですか?」

「先生に訊いてみないと分からないけど、恐らく数日は掛かるでしょうね」

 誠也は焦った。自分がのんびり入院している間に何が起こるか分からない。いくら久さんが間に入ってくれたとはいえ奴等の行動にはまだまだ予断を許せない。その行き過ぎとも思える誠也の考慮は決して間違ってもいない。それは今までの歴史が証明していたのだった。

 だが知性に溢れた誠也にはここでもう一つの疑念が浮かび上がる。今回の一件で誰一人として逮捕者が出ていない事だった。無論誠也の下にも警察は来ない。喧嘩に依る傷害事件なのだから病院からも警察に報告があってもおかしくはない。それが何の音沙汰もなく平穏に入院出来ている事はおかしい。

 ここで誠也は或る妄想に陥る。それは誠也としては実に浅はかにも思えるものであった。『今回の事は最初から決まっていたのか? 全ては久さんの思惑で筋書き通りだったのか? 実際神原があんなに簡単に頭を下げる訳が無い、それにいくら俺が頼んだ事とはいえ久さんは何の躊躇いもなく引き受けてくれた、そしてあの用意周到さ、出来レースだったのか?』

 誠也は改めて己がして来た事を振り返るのであった。窓外にはまだ燕が可憐に飛び回っている。まるで誠也の勘繰りを打ち消すようにして。

 

 修二と清政、そしてまり子に健太までもが次々に見舞いに来てくれる。彼等は口々に誠也の健闘ぶりを褒め、亦自分達の非力さを恥じていた。

 修二と清政は共に言う。

「おい誠也、何でお前一人でこんな事を」

「何、簡単な事さ、お前らも分かっていたんだろ」

「確かにそうだけどさ、でもこんな傷まで負って・・・・・・。」

「大した事ねーよ、こんなので落ち込むお前らでもねーだろ」

 二人は俯いたままだった。

 まり子は

「流石ね」

 と言い誠也の顔を引っ叩いた。

「何するんだよ、痛いじゃねーか!」

「これはお礼よ、私心配したんだから・・・・・・。」

 まり子の目は既に潤んでいた。彼女の顔を見た誠也も動揺を隠せなかった。

そして健太はというと。

「誠也君、何で俺を連れてってくれなかったの? 俺だってボクシングで大分強くなったんだし、足手まといにはならないだろ!?」  

「そうだな、悪かったな」

 誠也は優しく笑いながらそう答えた。

 結局誠也は誰にも心中を明かす事は無かったのであった。

 

 

 また暑い夏が来る。街に響き渡る蝉の鳴き声の勇ましさとは裏腹に人々は暑さに参ったかのような疲れ果てた面持ちで汗を拭う。だがまだ若い誠也達にはこの夏こそが青春の証でもあった。

 もうすっかり傷も癒えた誠也は高校生活最期の思い出と言わんばかりにみんなで海水浴に行く事を提案する。みんなは快く承諾し、一行は海へ行く。

 眩しい陽射し、照りかえる海面、向日葵を揺らす夏の緩い風、彼方に見える大きな船、軒を連ねる海の家。そこには確固たる夏が現存したいた。

 一行は大いに遊び、語らい夏を謳歌する。その勢いに乗じて修二が一角に聳える監視台に走り寄り上に登って行こうとする。

「危ないので止めて下さい」

 監視員の声は修二の勢いを比べると大人しいく弱弱しく感じる。修二は一旦下に降りたが次は手の力だけで上まで駆け昇り監視員に一礼して帰って来た。

「お前無茶するなよ」

「俺は高い所が好きなんだよ」

「ふっ、お前らしいよ」

 みんなは大いに笑っていた。すると清政が言う。

「おい健太、次はお前の番だ、何かしてくれよ」

 健太は照れ笑いしながら迷っていた。俺なんかに一体何が出来るのか? どうせ大した事なんか出来ない。でも確かに俺も何かしなければならない。そう思った健太は意外な事を思い付いた。

「へい彼女、俺達と一緒に遊ぶばない?」

それは実に平凡なナンパの仕方であった。勿論誰一人として健太には取り合わない。それどころか逃げて行く人までいた。

「健太よ、面白いけどさ、これ以上は見てらんねーって」

 それでも健太は意地になりナンパをし続けた。恐らくは健太がその人生で初めてしたナンパであろう事はみんなにも分かる。しかし健太の情けない程の意地は功を奏するのであった。 

「いいわよ、貴方面白そうだし」

 健太は初めての経験でナンパに成功したのだった。みんなは目を丸くして呆然とそていた。

「じゃあ一緒に踊ろうよ」

 健太は見るも無残な踊りを始めた。それは踊りというよりは寧ろ猿が暴れているだけの、言わば幼い子供の戯れのようだった。

 だが彼女も健太に呼応するべくふざけながら一緒に踊り出す。その光景こそがみんなを大いに笑わせるのだった。

 こうして一行は高校生で最期の夏を満喫していた。そして時間はあっという間に過ぎビーチは夕暮れ時の哀愁を漂わす。

 今まで大して何も言わなかったまり子が満を持して誠也に声を掛けて来る。誠也はそんなまり子に対して少し暗鬱な表情を泛べるのであった。

 

 

 

 

 

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