人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

早熟の翳  十三話

 誠也は姉と母にはまり子の友人とたまたま会って来たとだけ言い置き部屋に上がった。一人で少し考える。でも何も後ろめたい事など思いつかない。誠也はただの杞憂と割り切ってこれからの事を考え出していた。

 夜9時頃になり家には珍客が訪れる。健太の顔を確認した誠也は部屋に入れる。健太は相変わらずの間の抜けた表情をしていたが何処か冴えない面持ちでもあった。

「お前が家に来るなんて珍しいな、何かあったのか?」

「いや、別に、ただちょっと誠也君に会いたくなってな」

「そうか、ま、全然構わないけど」

 健太は自分から来ておきながら大して喋ろうとはしない。そんな彼を訝った出嫌は思い出したように訊き出した。

「そういやお前、あの子どうしたんだよ?」 

「そうだ、俺、仁美ちゃんとまた付き合い出したんだよ!」

「それを先に言えよ」

「すっかり忘れてたよ」

「大丈夫か?」

 せっかく別れずに済んだのに健太の表情は何か浮かない漂いがあり、誠也は彼の顔をじっと見つめていた。

「誠也君、俺実は・・・・・・。」

「だから何だよ、男ならはっきり言えよ」

「取り合えず大学入試は落ちたよ」

「それは残念だったな、でも大学なんて別に行く必要もねーだろーよ」

「誠也君は合格したんだろ?」

「あぁ、一応な」

「おめでとう」

「ありがとう」

「俺もはっきり言って大学はそこまで行きたい訳でも無かったから別にどうでもいいんだけどさ、ただ俺みたいな弱虫はこれからどうやって生きて行けばいいんだろうと思うとやり切れなくなるんだよ」

「お前もう18なんだから、何時までも甘えた事ばかり言ってんじゃねーよ、お前も大分強くなったんだし、もう心配いらねーだろ」

「確かにね、誠也君のお陰だよ、だから俺、これからもボクシング続けて行こうと思ってるんだけど、一人で出来るか不安で仕方ないんだよ」

「お前、この前の集会で修二と清政の二人に1発入れてただろ、そこまで出来る奴は他にはいねーよ、大したもんだよ、でもあの時何で俺に盾突いて来たんだ? それは俺も気になってたんだよ」

「あれこそ俺の正直な気持ちさ、俺には関係ないと言うだろうけど、陸奥守が解散しなければまだ誠也君の意志は継がれて行く訳だから、それが完全に無くなってしまえば俺と誠也君の間も消滅してしまうような気持ちになったんだよ」

「何言ってんだよ、大袈裟だよ、チームが解散しようがしまいが俺じは俺、お前はお前じゃないか、もっと気を強く持てって!」

「ありがとう、そう言ってくれるとちょっとは気も休まったよ」

「それよりお前、仁美ちゃんだっけか、あの子大事にしてやれよ」

「それは大丈夫だよ」

 健太は出して貰っていたお茶を飲み干すと早々に帰った。彼は勇気を出して初めて誠也の家にまで押しかけて来たのに、まだ本質的な掘り下げた話は出来ていなかった。誠也も誠也で健太の言わんとしている事にはいまいち理解が出来なく、さっき姉に言われた事も未だによく分からない。こうした想いは誠也のような聡明な人間にはさっと理解出来て当たり前のような気もするが、如何な誠也であっても他人の気持ちには鈍感だったのかもしれない。それはただ鈍感というよりは彼が今までは誰からも殆ど小言を言われる事もなく、常に王道を歩んで来た影響に依るものであろうか。

 彼が裸の王様とまでは言わないまでも、唯我独尊で生きて来た人生に於いて彼に対してものを言える人が周りに居なかった事は、唯一彼の精神に翳を落とすものであったのかもしれない。だがそのたった一つの欠点でも子供の頃はいざ知らず、これから大人になって行く道々では結構重要な事でもあり、そこを多少なりとも指摘してくれる姉の存在は有難いであろう。

 チームを解散させた事、まり子との事、その友人に会った事、今回の健太の事、これら全ての事象が本来根明な誠也の心をも少し暗鬱にさせるのであった。

 

 晴れ渡る空に満開の桜、鳥の囀りに暖かく柔らかい風。春の到来は行きとし生ける者全てに元気を与えてくれる。そんな空の下で生活している人々の顔つきは実に清々しく、快活に道を歩く姿にさえ力強さを感じる。

 春に憂いは禁物だ。誠也は威風堂々と明るい面持ちで入学式に赴いた。

 誠也は学長からの尤もらしい式辞を聴いていた夥しい学生達の中に聖子の姿を確かめた。彼女も朗らかな表情で佇んでいる。誠也はこの聖子にだけは見つからないよう心掛けていた。

 ところが学校からの帰り道で聖子はいきなり誠也の跡を追いかけて来て声を掛ける。

誠也ははじめ気付かないふりをしていたが彼女は誠也の前に立ちはだかり、どうしても逃げる事は出来なかった。

 仕方なく二人はまた喫茶店に入った。

「誠也君何で逃げるのよ! 私の事嫌いなの?」

「いや、そうじゃないけどさ」

「じゃあ何よ?」

「あ、そうだ、これこの前の代金、渡しとくよ」

「そんなものどうだっていいのよ」

 誠也はその金をテーブルの上に置いたままにしていた。するとお茶を持って来た店員にそのまま金を渡し

「先に払っておくよ」

 と言って誠也は落ち着いてお茶を飲み始めた。

 聖子はそんな誠也に言う。

「貴方ってほんとに義理堅いのね」

「当たり前の事だろ」

「そうかもね、まり子もそういう所に惚れたのかもね」

「そんな話止めろよ」

 誠也は姉に言われた事を思い出し更に続ける。

「お前その香水どうにかならねーのか? キツ過ぎるだろ」

「あら、心外ね、嫌いなの香水?」

「嫌いって訳でもねーけど」

「まぁいいわよ、確かにちょっとつけ過ぎかもね」

「で、今日はどうしたの?」

「あ、さっき私の事見てたでしょ? ほら入学式の時よ」

 誠也は彼女の眼力に愕きを隠せない。自分の方が後ろに居たのに何故分かったのか分からない。

「お前後ろにも目が付いてるのか?」

「そんな訳ないじゃん、初めから貴方に気付いていたのよ、それでどうせ私の事見てるだろうと思ってね」

 女の勘は当たるというが聖子のこの洞察力は大したものだ、誠也は改めて彼女の鋭い眼力を怖れるのであった。そしてそれを空かすように窓外の景色に目を移した。

「何空かしてんのよ、貴方どの学部に入ったの?」

「法学部だけど」

「流石に頭いいのね~、私は看護学部だけど」

「看護師に成るのか?」

「多分ね」

「せっかくこんな大学に入ったんだからどうせなら医学部に入ったら良かったんじゃねーか?」

「私医者は嫌いなの」

「同じ医療関係だろ?」

「とにかく嫌なものは嫌なのよ」

 聖子の言い振りには確固とした信念が窺える。誠也はまた口を噤んでしまった。

「貴方は弁護士に成るの、それとも検事?」

「あぁ弁護士だよ」

「ふ~ん、ヤンキー弁護士ね~」

「悪いか?」

「いいや、貴方なら成れると思うけど、ヤンキー上がりの弁護士なんて訊いた事ないからさ」

 聖子は微笑しながら語っていた。

「で、ヤクザの顧問弁護士にでもなるつもりなの?」

「バカな事言うなよ、俺はただ困ってる人を助けたいだけだよ」

「なるほどね、貴方が言うとそれらしく聴こえるわ、じゃあ私も助けてくれる?」

「揶揄ってんのか? どうもお前とは話が合わないみたいだな、俺は帰るぞ」

 誠也は躊躇う事なく店を出て、少し早歩きで帰っていったが、聖子はその後ろ姿を呆然としながらも軽く笑みを浮かべながら眺めていた。聖子の少し企みを含んだような、優越感を漂わす笑みは何を物語るのであろうか。誠也は何も勘繰る事なく歩き続けていた。  

 春の蒼天は誠也に対して一向に暗い翳を落とさない。品のある小鳥の囀りはまだ続いており、道々に谺(こだま)すその可愛い鳴き声は冬を凌ぎ切った人々を癒やしてくれているようにも思える。

 こうして誠也の大学生活は音を立てて始まるのであった。

 

 

 

 

 

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