人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

早熟の翳  十四話

 学生生活は色恋事を除いてはその悉くが順風満帆に運んでいた。誠也は日々講義に顔を出し勉学に勤しむ。学生としてはごく当たり前の事のようにも思えるが、殊、誠也に至ってはそのヤンキー丸出しの風貌が周囲に与える影響は大きく、他の学生達は何時も誠也に対し物怖じしていたのだった。

 だがそんな風貌とは裏腹に誰とでも気さくに優しく接する誠也は徐々に周りからも認められ、打ち解けるまでに然程(さほど)時間は要さなかった。

 この誠也のヤンキーらしからぬ大らかな心持や懐の深さこそが人を惹きつける要因であったのかもしれない。それはあくまでも意図してした事ではなく、彼が持って生まれた天賦の才とも言うべきものであった。

 人々の心を快活にさせた桜は早くも葉桜となってその美しい姿を隠し始めたが、街路に可憐に咲くチューリップは更なる春の心地を届けてくれる。誠也は今更ながら花の美しさに見惚れるのであった。

 誠也は大学では部活動やサークルなどには一切入らずアルバイトを始める。そこは彼が高校時代の夏休みに世話になっていた八百屋だったのだが、店の人は誠也の訪問に喜んで応じてくれた。

「あら、誠也君じゃない、久しぶりだったわね、国公立の大学に入るなんて凄いわよ、みんなどう接していいか分からないぐらいなのよ」

「姐さん、そんなベンチャラはよして下さい、自分は今までの自分と何も変わってないし、子供のままですよ」

「そんな所が貴方らしいわ、その姐さんって言うのは辞めて欲しい所だけど誠也君にならそう言われても嬉しいぐらいかな」

 八百屋の奥さんは主人とは10も年の離れた若奥さんで誠也に対し少し色目を使ったような言い方をしていた。すると恰幅の良い主人が唐突に出て来る。

「お前誠也が来たら一気に雰囲気が変わったな、ちょとは俺にも気遣えってんだよ」

 この主人はその体格とは裏腹に気さくで冗談好きな男で、ある意味誠也とは似た者同士かもしれない。彼は少し照れながらも奥方同様、誠也を快く受け入れる。

「おう誠也、じゃあ早速大声を出して売り子でもやって貰うかな」

 誠也は彼の指示に応えるべく颯爽と声を上げ道行く買い物客に呼びかける。

「らっしゃい、らっしゃい! 今日は大根が安いですよー! 今朝届いたばかりの大根どうですかー! 新鮮で美味しいですよー!」

 この誠也の板に着いた様子は二人を喜ばし、商店街全体を活気づかせる。時代の影響で少し廃れかけていた商店街は一時的に形だけでも昔のような賑わいを表すのであった。

 

 こうして充実した毎日は忙しなく通り過ぎ秋になる。誠也は久しぶりに修二と清政に会いに行く。彼等は相変わらずの様子で誠也に負けじと己が人生に精を出していた。

 この日三人は行きつけの居酒屋へ飲みに行った。修二は鳶服のままで清政は少しイカツイ上下ジャージ姿だった。彼等は互いの旧交を温めつつもこれからの人生談に盛り上がる。

「ところで修二、お前鳶の親方には何時なるんだ?」

「早いよ、俺らはまだ19だぜ、ま~20代のうちに成りたいとは思ってるけどな」

「清政は何時親分になるんだ?」

「お前そう急かすなって、ヤクザの世界こそ厳しいんだから、そう簡単に親父も跡を譲ってはくれないって!」

「そうか、世の中そんなに厳しいものなのか・・・・・・。」

 修二と清政は誠也の言動に少し訝りを覚えた。

「誠也よ、お前は確かに聡明で国公立の大学にまで入って凄いと思うよ、でもちょっと何か焦ってないか? これは今までも思ってた事なんだけどさ」

「そうだよ、お前もっと落ち着けって」

「俺は別に焦ってなんかねーよ、ただやるなら今しかねーと思って今を必死に生きてるだけだよ」

「相変わらず熱いな~、でもそおういう誠也だからこそみんな付いて来てたんだけどな」

 一同は陽気に酒を飲んでいた。すると店の大将が頼んでもいない料理を出してくれる。

「親っさん、気遣わないで下さいよ」

「いいから食べてみなって!」

 三人はそれを有難く頂いた。実に美味しい味わいが身体全体に染み渡る。

「親っさん、これ何の天ぷらですか?」

「鳥の肝だよ」

「ホルモンの天ぷらですか? 珍しいですね、初めて食いましたけど、めちゃくちゃ旨いです!」

 三人は余りの美味しさにそれを一気に平らげてしまった。

「お前ら、もっと味わって食ってくれよ」

「あ、すいません、でもあんまり旨かったもので」

「おう、ありがとよ!」

 大将の気風の良さも相変わらずで三人は大いに盛り上がり色んな話に華が咲く。それはとりもなおさずこの三人の固い絆が齎す不変の契りのようにも思える。少し酔いが回った修二は自分が一番好きなヤンキーの話題に転ずるのであった。

「ところで誠也よ、今となっては無くなった陸奥守だけど、あれからも下のもん達は諦め切れずに新しいチームを作ったみたいだぞ」

「そうなのか」

 誠也は余り関心の無い面持ちで答えた。

「で、何ていうチームなんだ?」

ヘラクレスだってよ」

「ふ~ん、ギリシア神話か、ま、横文字でいいんじゃないの」

「相変わらず呑気だな~、名前なんてどうでもいいけど、そこには健太が一緒になって走ってるって言うじゃねーか、俺も流石に愕いたぜ!」

 誠也の表情は一気に変わり夜叉の如く怖ろしい面持ちを表す。

「何してんだよあいつは、あいつこの前俺のとこにも来て何か愚痴ってたけど、まさかそんな事までしてるとはな」

「それだけじゃねーんだ、あいつ、自分のスケまで誘って走ってるらしいんだよ」

 誠也の酔いは一気に醒め、何かを思い付いたような顔つきは二人を怯えさせる。それに気が付いた大将までもが彼の勇み立つ精神を諫める。

「誠也、いいから今日は大人しく飲んでおけって!」

「親っさん、すいませんがこればっかりは退けないんですよ、悪く思わないで下さい、ほんとにご馳走様でした」

 誠也はそう言って料金をテーブルの上に置いて店を出る。二人は誠也に続かんとばかりに後を追う。三人の行く先は当然健太の所だった。

 

 秋の夜長、国道には既に爆音が轟いていた。三人はそれを横目に見ながらタクシーに坐っている。そこで誠也が窓越しに見た光景は正に健太が走る姿であった。

 誠也は慌てて運転手に言う。

「次の信号までに族に追いつき一番前まで行ってくれ」

 運転手は無理難題を引っかけられたにも関らず誠也の圧倒的なプレッシャーに圧されて強引にスピードを上げその課題を果たした。信号待ちをしていた族は煩い爆音を如何にも周りを威嚇するかのように鳴り響かせる。だが誠也はこの音のセンスの無さに苛立って仕方がない。

 タクシーを降りた三人は徐に最前列の単車に近づきその前に立ちはだかり端に寄せるよう睨みを効かせて言い渡す。健太は驚愕しながらも大人しく路肩に退いた。

 誠也は言う。

「お前何で信号守ってんだよ! それでも族のつもりなのか!?」

 この誠也の言葉に少し安心したような健太は微笑しながらこう言った。

「すいません、俺まだヘタレなんでどうしても信号守っちゃうんです、勘弁して下さい」

 誠也はそんな健太の反論にも一切構わず彼の顔を思い切りぶん殴った。

「お前何で俺が怒ってんのか分かってるよな?」

「はい」

「なのに何でこんな事してんだゴラ」

「魔が差したんだよ、俺はまだ族として大して走った事無かったからさ、ちょっとぐらい許してくれよ」

 暴走族は18歳一杯で引退するのが常識にして鉄則でもあった。彼は引退しても尚、その掟を歪める事だけは出来ない。それはただ掟としてだけでは無く、彼自身の矜持でもあった。それを乱す者はたとえ親しい間柄であっても許す事は出来ない。誠也はもう1発健太に向かって拳を振り上げる。その刹那一人の女性が彼の前に立ちはだかる。

「ちょっと待ってよ、やるんなら私も一緒にやって! お願いだから!」

 そう訴える女性は健太が付き合っている仁美であった。流石の誠也も女に手を上げる訳には行かない。誠也が躊躇っている内に一行は華麗にも逃げるようにして走り出す。

 その情景は愛おしい秋の夜長、誠也ただ一人を憂愁の彼方へと誘(いざな)うのであった。

 

 

 

 

 

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