人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

早熟の翳  十九話

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 断じて行えば鬼神も之を避く。大学を卒業してからの数年間、司法修習も終えた誠也は初志貫徹、見事に志を遂げ法曹三者である弁護士になる。大した障害にも阻まれず、難なく事を成就出来た過程を思い返せば、鬼神とは寧ろ誠也自身の事であったと言っても過言ではない。

 社会人となった誠也は満を持して大きな人生の舞台に羽搏きをあげる。早熟なヤンキーとしては、ひよこが鶏になる成長過程と比べるとその速度は些か遅い気もするが、僅か24歳にして法曹に成る事を果たした彼は何ら省みる事も無く、その表情はあくまでも爽快であった。

 燦然と輝く陽射し、空を優雅に飛び回る鳥、吹き渡る風、屹立する樹々、可憐に佇む草花、その全てが新鮮に見える。誠也は清々しい心境で研鑽を積むべく林田法律事務所に就職した。

 そこは規模の小さい事務所で部屋は少し黴臭い。高齢の林田先生は誠也の風貌には大して愕かなかったが、皺枯れ顔の眼力の鋭い目つきでこう言う。

「いきなりで悪いがうちではいい給料はやれないよ、それでもいいのかい?」

「全然構いません、自分は金儲けがしたくて法曹に成った訳じゃありませんから」

「そうかい、謙遜とはいえ今の時代にそんな事を言う人は珍しいね」

「いいえ、謙遜などではありません」

「ま~いいよ、じゃあ取り合えず今は大した仕事は無いから、俺の手伝いでもして貰うかな」

「はい、分かりました」

 誠也の返事は一々折り目正しく、先生は感心していた。

 リーガルアシスタントとして働く誠也の主な仕事内容は来客対応や経理業務等の一般事務に裁判所への資料提出、依頼人や相手方とのスケジュール調整、裁判所の細かいルールに従った資料作成であったが、それを担っている事務員である先生の奥方から指導を受け一つ一つ勉強して行くのであった。

 誠也の営々と仕事に取り組む様は先生夫妻を感銘させる。誠也はみるみるうちに仕事を覚えて行くのであった。

 

 ある意味住む世界が違えども誠也は修二や清政とも相変わらずの友好関係を保ち月に2、3回飲みに行く事も欠かさなかった。三人はまた例の親っさんの店に行く。

「誠也よ、健太はやっぱり俺が面倒みる事にしたよ、頼むから怒らないでくれ」

 清政の顔は覚悟を決めた男の顔だった。

「そうか・・・・・・。お前のその顔を見ればこれ以上は何を言っても同じだろうな、一人前のヤクザにしてやってくれよ」

「分かった」

 修二は相変わらずの明るい表情で酒を飲み続けていた。

「修二は最近どうなんだよ? そろそろ親方になるんじゃないのか?」

「まだ早いな、あと数年はかかるだろうな」

「そうか」

 親っさんはこの三人が来れば何時も美味しい料理を振る舞ってくれる。その一つ一つが旬のものでどれをとっても酒のあてには勿体ないぐらいであった。

「ところで誠也よ」

「まだ何かあんのか?」

「いや、これは少し言い難いんだが、お前うちの顧問弁護士にならねーか? 親父も賛成すると思うけどな」

「何言ってんだよお前、俺はまだ事務所で見習いやってるだけだぜ? そんな俺にヤクザの顧問弁護士なんて出来る訳ねーだろ」

「だから、今直ぐじゃなくて将来の事を言ってんだよ、どうだ?」

「いやダメだ、俺はもうアウトローな世界には関わりたくねーんだよ、分かるだろ」

 清政は少し怪訝そうな顔をして言う。

「何だよ、嘗ての陸奥守総長も今では腑抜けになっちまったのかよ」

「何だとゴラ!」

 修二が慌てて仲に入ろうとしたが先に入ったのは親っさんだった。親っさんは何時になく鋭い目つきで口を切る。

「おいお前ら、お前らだけは絶体に揉めてはいけねーよ、俺が出る幕じゃねーだろうがお前ら三人が争う事はせっかく落ち着いたこの界隈をまた刺激する事に成りかねない、それぐらい分かるだろうよ、もしそうなれば俺ももうお前らを店には入れねーぞ」

 三人は沈黙を余儀なくされ、それからは殆ど口を利く事なくただ整然飲んでいるだけだった。

 店を出た三人はそのまま家に帰る。今までも揉めた事が無かった訳でもないが今回の清政の言い方にはどうも納得出来ない誠也であった。

 

 家に帰った清政は父に早速その事を告げる。すると父は烈火のごとく怒り出し清政を破門するとまで言い出したのだった。

 他の若い衆達の制止を振り解き父は更に清政を怒鳴りつける。

「コラ、お前何様なんだよ!? 息子とはいえまだ部屋住みの分際で出しゃばった事してんじゃねーぞコラ! 健太の事も仕方なく引き受けたばかりなのに、今度はうちの顧問弁護士だ? お前何時からそんなに偉くなったんだよ」

「親父すまねえ、分かったよ、だから破門だけは勘弁してくれよ!」

「だから、その親父という呼び方も辞めろって言っただろ!」

「そうだった、親分」

「お前そんな調子じゃ俺の跡は継えねーな~、先思いやられるよ・・・・・・。」

 清政の心には大きな穴が空いたようだった。彼のした事は確かに短慮であったが、あくまでも組の行く末と誠也の事を想った上での所作で、調子に乗るような気はさらさら無かった。しかし己惚れた行為であった事も事実で、本来ならケジメをつける必要があるにも関わらず、父である親分の寛容さが無ければどうなっていたか分からない。

 清政はただ義兄弟の契りを結んだ誠也と同じ道を歩みたいだけだったのだ。それはヤクザとか堅気とかいう枠の中だけの話でもなく、同じ川を渡りたいという純粋な気持ちの表れであった。だがそれを実現出来ないのも世の常で、そんなに簡単な世の中でもない。

 清政は今回の事に依って三人の結束が緩んでしまったと大袈裟な考えをし始め、暗鬱な想いに耽っていったのだった。

 

 その後も誠也は休む事なく出勤する。彼の誠実な仕事ぶりは相変わらず二人の目を引くが、それに応えてやるだけの甲斐性はこの事務所にな無い。そんな事には一向に構わず真面目に仕事に精を出す誠也に対し先生は今度の訴訟で自分の傍らにいて一緒に行動するよう指示を出す。

 誠也はやっとこさまともな仕事が出来ると思い張り切る。昂揚感に充たされた彼の心中はまるで長い間地に伏した竜が天高く舞い上がるよう漂いを見せる。

 誠也はそん心境を隠せないまま先生と一緒に拘置所へ赴いた。誠也が運転する車は遠く郊外にあるその拘置所まで、街中には余り見慣れない穏やかな田舎道を横目に見ながら颯爽と走り抜ける。先生のスピードを出し過ぎじゃないかという声を等閑にしながら。

 拘置所に着いた二人は受付で手続きを済ませ収容されている殺人容疑がかけられている被告人と面会する。あれだけ暴走族で暴れていたにも関わらず、今まで一度も警察署で留置された経験もない誠也の目には初めて来る拘置所の風景が真新しく映る。やはり誠也はそういう点に於いても完璧過ぎたのか、そんな思いも他所に二人の前には既に被告人の男がいけ好かない態度で佇んでいた。

 誠也の高揚感は一気に冷め、目の前に居るその男の顔から眼を背ける事が出来なくなった。男の不遜な態度は到底人にものを頼む態度には見えない。

 誠也が苛立っている中、先生は実に落ち着いた様子で男に語り掛けるのであった。

 

 

 

 

 

 

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