人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まほろばの月  十六章

 裕司の死に依って昭然たるものとなった輝夜一家と友仁会との抗争はもはや避けられない。本職のヤクザと揉める事は一家の掟に反する訳だが、切迫する事態は一向に彼等に安らぎを与える事はなく、更なる奇策が求められた。当然まともにやり合ったのでは勝ち目は無い。だがなかなか名案は出で来ない。皆が思いあぐねている中、新たに頭(かしら)に就任した清吾が口を切り出すのであった。

「親分、自分達はあくまでも盗賊です、盗賊のシノギは盗みです、友仁会の金子(きんす)を分捕るしかないですよ、椎名の事は自分も許せません、頭の仇は取りたいです、でも今は取り合えず金を奪う事に尽きると思います、そうすれば奴等の動きも鈍って来る筈です」

 尤もな意見ではあった。子分達は無論、阿弥も清吾の意見を黙って訊いていた。だが問題は本職のヤクザの事務所から金を奪うという大胆な策を成功させられるかという一抹の不安が残る事であった。そこで今度は波子が口を開く。

「策はあります」

 一同は愕いた。今まで数々の功績を上げて来た波子ではったが、大人しい彼女がこんな席で堂々と意見をする姿は珍しい、でも自身が漲るその表情は皆の心を揺さぶるには十分で、その場を峻厳とさせる。

「私が囮になって友仁会の本宅に入り、中から手引きします」

 特に驚愕した阿弥は波子を諫める。

「また囮になるのか!? それは危険過ぎる! それならまだ強引に押し入る方がマシだ」

 波子はあくまでも冷静に言葉を続ける。

「親分、落ち着いて下さい、私はこの前友仁会の事務所に入って椎名とも会いました、警戒を強めた今、恐らく事務所に金は置いてないでしょうから本宅を襲います、あの男は無類の女好きで昔の清吾みたいなものです、私が取り入って椎名を抑えます、その隙にみんなに入って来て貰い、金子を奪うのです、但し、この仕事は女にしか出来ません、娼婦として入って来るのです」

 一同はざわつき出した。波子の思い切った策は確かに理に適ってはいるが女だけではやはり心もとない。だいたい東京本部には女が少ない、親分である阿弥に子分の清美、そして今名古屋から臨時で来ている波子の三人だけだ。これでは話にならない。皆が騒然とする中、阿弥は微笑を浮かべて波子の顔を見る、そして決断を下す。

「静まれ! 波子の策で行く! 早速繋ぎを取って全国から女を集めるんだ、いいな!」

「へい、親分!」

 阿弥の一言に依って平静を取り戻した子分達は早急に各地の一党に繋ぎを取り、女だけを東京本部に来させるよう促す。本部の男達は久しぶりに会う各地の女構成員の到来を仕事以外の面でも心待ちにしていた。何しろこの一家には既婚者が一人も居ない、そうなれば異性に興味を持つ事はいくら裏稼業に身を置く者としても自然の理であろう。阿弥が知る限りでは既婚者どころか清吾と波子以外には男女の交際をしている者も居ない。だが統率された一家にはその事に依って甘さを見せるどころか、昂奮する感情は却って仕事に対する意気込みを強めるのであった。

 

 

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 真冬の冷風が吹き付ける中、街では厄神祭が催されていた。色とりどりの出店は各々の趣向を凝らした商売で多くの客の心を惹かせて祭を盛り上げる。そんな賑わいを見せる街に紛れるようにして彼女達は姿を現した。

「大阪の直美です、広島の沙也加です、福岡の道子です、宮城の仁美です」

 改めて挨拶をする彼女達は、各地の一党の中でもトップクラスの美女であった。その容姿、その美貌、その妖艶で優雅な佇まいは一足早い春の到来を思わせる。だがその美しさとは裏腹な鋭い眼光は裏稼業に勤しむプロの意識を漂わす。隠れ家では既に祝宴の用意が成されていた。

 まずは親分である阿弥が口を切る。

「お前達、よく来てくれたな、大した持て成しは出来なねーが取り合えずは一献傾けようや、話はそれからだ」

 阿弥の言葉で一同は盃を酌み交わし、旧交を温める。大したものは無いとは言いながらも膳には美味しそうな料理が並べられている。一段落した所で更に阿弥が言う。

「どうだ、旨いか? それはあたいが作った料理なんだ、あたいは一応居酒屋を営んでるもんでな」

 皆はその料理を頬張りながら有難く食した。

「気に入ってくれたみてーだな、で、本題だ」

 一同は一気に姿勢を正し、阿弥の言に一心に耳を傾ける。

「ま、そう固くなるな、今からリハーサルを行う」

 それは当然仕事のリハーサルであった。阿弥は女構成員達に命ずる。

「お前ら、男達に酌をするんだ、無論色目を使ってな」

 四人の女達は各々の思うがままに芝居に興じた。或る者は男に凭れ掛かるようにして甘い言葉を口にする、亦或る物は男の頬に軽く接吻する。その様子は一瞬にして場に甘美な雰囲気を齎す。だが何かが足りない、何か在り来たりに思える。そう感じた阿弥は波子を伴い自ら娼婦の役を体現するのであった。

「あ~らお兄さん、酒が進んでいないんではなくて? ほらぁ、もっと飲んで下さいまし、良ければ、私の身体に触ってもいいいので御座いますよ」

「私はお兄さんのような男らしい人が大好きなんです、今の世の中で貴方のようなカッコいい男は居ませんわ、惚れてしまったらどうしてくれるんです」

 二人の芝居は滑稽ながらにも見事に男の心理を突いた実に巧い演技であった。阿弥から酌を受けた子分の竜太は既に顔が真っ赤である。波子から酌を受けた清吾も彼女の意外性に愕くばかりだ。二人の手本に依ってヒントを得た四人は芝居の練習に精を出し、それを受ける男達も彼女達の想いに応えるようにして演技をする、いや実際にその色香に酔いしれていたのだ。

 男達はまさか隠れ家でこんな良い想いが出来るとは思ってもいなかっただろう。彼女達の美しくも繊細な指先は男の身体に触れながら酒を注いでくれる。顔にまで接して来るその美貌は男をこの世の天国へと誘(いざな)う。すっかり酔いが回った男達は我を忘れ女に溺れるのであった。

「そこまでだ! みんなよくやってくれた、それだけ出来れば十分だ、今日はこれで解散だ、明日本式の作戦会議を開く」

 阿弥の毅然としとした物言いは一同の姿勢を一気に屹立させた。甘い空間から我に還った男達、中には物足りないと思った者もいるであろう。だが仕事に対する熱意、親分の本懐を成し遂げるという大儀の前には些かの後悔も無い。彼等の想いは一つだった。

 

 今宵の赤月(せきづき)はその赤い色が女心を表しているようにも見える。直美に沙也加、道子に仁美、更には波子に阿弥、この六人の女達は己が使命を全うする事が出来るのだろうか。時として艶やかにも見える月は決して女心を裏切るような野暮な真似はしないだろう。

 女達の戦い。それは静寂の裡にも不敵に、勇ましく始まるのであった。

 

 

 

 

 

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