人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まほろばの月  十三章     

 

 

 一家では足が付く事を怖れ、探索する時は車は一切使わない。その事は今回のような不測の事態には幸いであった。阿弥は清吾と連携して裕司と波子の跡を追った。彼等が行くであろう場所はだいたい察しが付く。いくら冬とえども厚着で街を走り回ると汗をかく。その汗は阿弥にとっては償いの汗にも思える。

 自分とした事が何故、こんな下手を打ってしまったんだ、確かに裏切者は裕司に違いない、だが忠実な波子は所詮女だ。彼女にもしもの事があったらあの世にいる英二にも顔向け出来ないどころか、親分失格である。阿弥はひたすら街を駆けた。

 もう3kmは走っただろうか、何時まで経っても波子の姿は見えない。一体何処に行ったのだろうか、既に裕司に捕まってしまったのだろうか、いや、そんな筈は無い。波子とて一端の盗賊でプロである、そう簡単に気取られるような真似はしない。阿弥は少し疲れて公園の木陰に隠れ一服していた。

 

 冷たい風が吹いて来た。走り疲れた阿弥は汗をかいていた影響で体が寒くなって来る。だが下手に店や人が集まるような場所には行けない。阿弥はらしくもなく弱気になっていたのだった。

 すると後ろから誰かが素早くも粛然とした様子で近寄って来る。警戒した阿弥は

「誰だ!」

 と言って拳を義振り上げた。

「清吾ですよ親分、落ち着いて下さい」

 阿弥は一安心したが、清吾の到着が遅かた事に少し疑念を抱く。

「おう、清吾、やっと会えたな」

「親分心配は要りません」

「えらく落ち着いてるな、何か手掛かりがあったか?」

「手掛かりは最初からあります」

「何だ?」

「波子はまだ裕司に追いついていません、今となっては包み隠さず言いますけど、自分は波子を愛しています、だから彼女の取る行動は分かるのです」

「そんなもんなのか.......」

「はい、波子は地元を離れた時は真っ先に神社を訪れるのです、そこで願掛けをして、事が成就する事を祈るのです、なるべく一目を避けられる神社、恐らく彼女がいる所は根津神社ではないでしょうか」

 阿弥はなるほどと思った。

「しかし根津神社までは流石に歩いては行けなねーな~、どうするよ?」

「この清吾、親分にお仕えして早や5年、準備万端整えています」

 清吾は自転車に乗って来ていた。それも電動式の自転車だ。

「やるじゃねーか、助かったぜ」

「じゃあ行きますよ! しっかり摑まって下さいね!」

 阿弥は後ろに乗って清吾の肩にしっかり手を添えていた。途中で風が強くなって来たので清吾の背中にしがみ付く阿弥。初めて清吾の身体に触れた阿弥は心の中でこう思った。『頑丈な背中してるじゃねーか、これが男の背中なのか、そう言えば随分男の身体にも触れて無かったな~、英二は分を弁え、あたいには絶対手を出して来なかったもんな~、あいつになら抱かれてもよかったのにな~』

 ロマンチックな想いに耽っている内に何時しか二人は根津神社に到着していた。平日の昼間という事もありそこには人影が全く無い。二人は境内に向かって静々と歩いて行く。境内には誰も居ない。社の裏手に回った所に一人に女性が身を縮めて蹲っていた。

「おい、波子! あたいだよ、出て来いよ」

 辺りを警戒する様は波子も阿弥も同じであった。彼女は二人の顔を確かめ安堵した。

「親分! 清吾まで! 何しに来たんですか?」

 波子には阿弥の憂慮が分からなかったのだろうか、それとも敢えて惚けているのか、だがそんな事は阿弥にはどうでも良かった。

「波子、無事でいてくれてありがとう」

「何の事ですか?」

「何でもねーよ、ただそう思っただけさ」

 阿弥は不意に我に還り親分としての自分に戻る。この使い分けは大して問題でも無かろう。だがそんな阿弥の顔には一人の女性としての純粋な優しさが見え隠れしていた。

「で、これから何処に行くよ?」

「私には裕司さんの行きそうな場所は皆目見当も付きません、ですがあの人は私とは違って神社に参るような律儀な真似はしなでしょうだとすれば彼はもうとっくに目的地へ着いていると見た方が良いと思われます、すいません、自分の失敗です」

「いや、お前はそれでいいんだ、お前に命じたあたいの下手打ちだよ」

 阿弥のこの言葉に波子は反感を覚えなかった。だがこれが清吾や他の子分達ならどうだったであろう。自分の不甲斐なさを初めから考慮していた親分、それは自分は言うに及ばず、親分の才覚をも否定する事になるのではないだろうか。それに対し一向疑念を抱かない波子の想いは阿弥に対する優しさの賜物なのであろうか。

 元々温厚な波子ではあったが前回の仕事で謹慎処分を受けた事に依り、今まで以上に穏やかになったようにも見える。英二を喪った阿弥、互いに処分を受けた波子と清吾、この三者は明らかに成長していたのだった。

 

 真冬の昼下がり、早くも指し込まれて来た西日に依って三人は少し温かくなって来た。枯れ落ちた草花は風に舞い、静かな社に少し音を立てる。清吾は何か思い浮かんだような表情をして口を切り出した。

「そうだ、親分、あそこですよ」

「何だ?」

「頭(かしら)が良く言っていました、裕司は頭は切れるが間抜けな所があると」

「そうなのか?」

 波子も口を開く。

「確かにあの人は気が利いて間が抜けていました、名古屋でもそんな経験はあります」

 清吾は自信に充ち溢れた顔で言葉を続ける。

「親分、蛇の道は蛇、あいつはもう何もかも知ってるんですよ、今回の仕事の真実、親分の真意、そして頭の死因も」

「何でそう思うんだ?」

「あいつは一家を潰す気でいます、それは親分も感づいていたでしょ、そしてあいつは何年も前から、いや、一家に加わった当初からそういう計画を立てていたのです、その野望が頭の死に依って一気に開花してしまったのです」

「それは考え過ぎじゃねーのか?」

「いや、頭も言っていました、裕司には気を付けろと」

「あたいにはそんな事一言も言かったぞ!」

「それは親分にいらぬ心配をさせたく無かったからです、恐らく頭は何れ裕司を始末するつもりだったと思います」

 阿弥はまたしても己が才覚を省みた。自分だけが真実を知らなかったのか、それは親分としては致命的な欠点だ、何故こうなった、あいつの真意を見抜けなかった事自体が既に下手打ちだ、そんな自分に親分の資格などあろうか。悲嘆に暮れる阿弥に対し清吾は更に言葉を続ける。

「親分、何も恥じる事などありません、細かい作業は全て下のもんがします、自分達は親分の心意気に惚れて一家に入ったのです、それだけでも十分心は充たされるのです」

「そうですよ親分、私だって親分と知り合っていなければ今頃どうなっていたか分かりません、自信を持って下さい、親分にそんな顔は似合いません」 

 

 阿弥はこの時ほど子分がいてくれる有難さを感じた事は無かった。自分には勿体ないぐらいの子分達、そんな彼等には是が非でも報いてやらねばならない。そう思うと勇気も出て来る。阿弥は改めて此度の仕事を成し遂げる、そして己が本懐も遂げてみせる。阿弥の表情は一気に変わった。

「よし、じゃあ行くか!」

「へい、親分!」

 夕方近くになり早くも月は姿を現した。まだ陽が落ちる前の月、白々と霞む月は太陽と相い重なって地上を照らす。この二者の関係性は一家にとっては親分と子分達といった風にも見える。

 腹の内を悉く晒け出した三人は改めて固い絆を結び合い、天空高く、遙か上空を見上げ誓いを交わすのであった。

 

 

 

  

 

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