人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まほろばの月  三章

 

 

 清吾の憂慮も他所に時間は刻々と進み、冴え冴えとした月に見守られながら一行は出発した。 車の中でも清吾と波子は一切口を利かずにただ仕事の段取りだけを考えている。そうする事でしか気持ちを紛らわす事は出来ない。阿弥はあくまでも悠然と構えている。その姿はまるで不動明王のような佇まいで一行の気を安んじてくれる。清吾はいくら親分であるとはいえ、女である阿弥と己が器の違いに愁嘆していた。

 目的地に着いた一行は東京の時と同じようにして店の前で監視し頃合いを見て襲撃する。息を殺すようにして物音一つ立てずに押し入る一味。この忍者のような華麗にも俊敏で一糸乱れぬその技は彼等の鍛え抜かれた身体、研ぎ澄まされた神経、そして固い絆の賜物であった。

 一軒目では難なく事を成就させ金とカードを奪い取る。怒りと恐怖に錯乱している店の者を後目(しりめ)に清吾は

「ざまー見ろコノヤロー!」

 などと悪口を叩いてしまった。阿弥は車の中で彼を咎める。

「コラ清吾、余計な事言ってんじゃねーよ、あたい達は何があっても感情を表してはいけない、動じてはいけねーんだよ、今更言わせんなよ!」

「すいませんでした」

 そのやり取りは爆竹の轟きに依って沈静化されてしまったが、清吾の動揺は明らかなもので、それを感じ取った阿弥は次は許さないと彼に念を押した。

 それでも二軒目、三軒目、四軒目と無事に仕事を終えた一行は最後の五軒目に備え改めて気を引き締める。上弦の月も未だその緊張感を緩めてはいなかった。

 

 最後に襲撃する『ブラッド』という禍々(まがまが)しいその屋号は一行の表情をも少し曇らせた。こんな名前を付ける店主の気が知れない、亦こんな店を訪れる客も客だ。こんな店にこそお仕置きが必要だと言わんばかりに一気呵成に襲撃する一味。その姿はさながら戦国時代の武将のような勇ましい漂いがあった。

 真っ先に店主を縛り金を要求する。すると案の定奥から屈強でガラの悪そうな三人の男が現れた。そんな事にも一向に怯まない一味は三人を容赦なく打ちのめし手足を縛り上げ大人しくするよう促す。店主を含めた四人の男は潔く諦め縛に就いた。

 この店には金庫もあると訊いた一味は奥の部屋に足を進める。そして難なく聞き出した番号で金庫を開け金を奪う。するとその部屋の片隅にあったトイレから出て来たもう一人の男が銃を弾いた。

 一味は紙一重でその弾丸を躱し男を一気に畳み込んだ。だが掠り傷を受けた清吾が痺れを切らしナイフで男の腕を切ってしまった。

「痛てぇ~!」

 夥しい鮮血が吹き上げる。阿弥は清吾を殴り飛ばし子分に傷の手当を命じる。布を強く巻き一応止血はしたものの、このままでは何れ出血多量で死んでしまう可能性もある。阿弥は致し方なく男を車に乗せ病院まで運んでやる事にした。清吾はただ項垂れている。他のメンバーはこの期に及んでも尚冷静な雰囲気を崩さないままで男の容態を看ている。

 車を出してから最初に目に着いた病院で阿弥はその男に改めてこの事を内緒にするよう念を押した上で男の身柄を解放した。仮に男が謳った所で足が付く恐れは無いのだが念には念を入れる彼女の思惑は流石であった。

 その後掟に従い一行は散って行くのだが、清吾と波子は阿弥に同行するよう命じられる。明け方の隠れ家で阿弥は今にも沈まんとする月を眺めながら口を開いた。

「清吾、お前破門だ、波子は謹慎、無論ケジメを付けた上でな」

「親分ほんとにすいませんでした、全て自分の責任です! ですから処罰は甘んじて受けます、でも波子には何の咎もありません、どうか波子は勘弁してやって下さい!」

「ダメだな、お前達の事あたいが知らなかったとでも思ってんのかおい、お前もそこまで馬鹿じゃねーだろ、それなのに何で黙認してたか分かってんのか?」

「それは.......。」

「そうだよ、今までは下手打たなかったからだよ、それが今日は何だ、お前二度もやらかしたんだぞ、ただで済む訳ねーよな」

「その通りです、でも波子までは」

「いや、波子の事を想った上で所業だろ、お前は東京ではこんな下手打たなかったしな、でもそれを見切れなかったあたいにも非はある、だからあたいも今回の仕事を終えたら一時大人しくしてるつもりだ」

「でもそれでは親分が本懐を遂げる事が出来なくなって.....」 

「黙れ! 物事には順番があるんだよ、足元が崩れちまったら本懐もクソもねーだろーが、何れはそうするんだからお前が心配する事じゃねーよ」 

「親分......。」

「分かったな波子」

「はい、承知しました」

 阿弥は月が完全に姿を消し去る前に二人処分を下し、己が想いまで告げたのだった。翌日清吾は掟に従い組織の中で厳しいヤキを入れられ、波子も軽くヤキを入れられた後二人は別れる事になった。

 他のメンバー達は掟に従ったとはいえ涙を泛べる者もいる。そんななか阿弥は終始冷静沈着な様子を保っていたが彼女とて一人の人間であり一人の女でもある。そんな彼女に全く動揺する気配が無かったとは言い切れまい。だが阿弥は子分達の前では決してその感情を表す事は無くあくまでも氷のような冷たい表情を見せるのであった。

 

 裏の仕事を失った清吾は呆然とした毎日を過ごす。家業の土建業には一切身が入らず仕事に出ても失敗する事が多くなっていた。そんな清吾の姿を慮った仕事仲間達は口々に言う。

「お前どうしたんだよ、最近おかしいだろ、何かあったのか?」

 清吾はただ

「ごめん、別に何もないけどさ、頑張るから」

 と誤魔化すしか道は無かった。だが阿弥に対する想いは未だ消えず、破門された今となっては尚、彼女を慕う気持ちが日に日に増して行くようにも見える。それは勿論阿弥を女としてではなく一人の人間としてリスペクトする彼の純粋な心の表れであった。

 他方謹慎を言い渡された波子は稼業の看護師の仕事に精を出していた。波子は清吾ほど落ち込んではいなかったが、彼との仲は言うに及ばずやはり阿弥の事は気に掛かる。波子は先の一件で男の腕の傷の止血をしたのだが敢えて完全な止血はせず、曖昧なやり方をしていたのだった。それは取りも直さず完璧に止血してしまったのでは男に医療関係者である事がバレる可能性がある。それを憂慮した波子も流石なのだがその事を翳で意図せず命じていた阿弥も流石と言わねばなるまい。

 一分の隙さえ許されない一味には当然の事なのだが、清吾の動揺に対しここまで平然と任務を遂行出来る波子の周到さ、芯の強さは何処から来るのか。清吾への愛、阿弥への尊敬や忠誠心。いや、そんな軽いものでは無い。であるとすれば阿弥と同じく彼女の壮絶な生涯が齎す事象に殉ずる結果であるのだろうか。

 何れにしても波子と阿弥は数奇な因果に依って必然と結ばれた仲であるようにも思える。この日病室で患者から採血をした波子は己が心に誓うのであった。『この深紅の血は生きとし生けるもの全てが持って生まれたものであり、注射の針を入れた時たとえ一瞬でも痛い表情を表す神経と血こそが生きている証拠である』生来優しい性格の波子はこの想いを阿弥に訴えると共に清吾に対しても感じさせてあげたい。

 謹慎を余儀なくされた波子は今にして我に還ったような正直な気持ちが芽生え徐に天を見上げる。

 緊張から解き放たれた下弦の月は優しさを投げかけるように波子の心を癒やす。この月の満ち欠け、自ら体現するその様は人にどういう心境の変化を齎すのだろうか。波子の心情は美しい月の姿に関係なくただ純粋で正直な気持ちを育むだけであった。

 

 

 

 

 

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