人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

まほろばの月  七章

 

 

 冬空に輝く月は殊更冷たく感じる。余り深く考えずに表の仕事に勤しんでいた波子ではあったがやはり一家や清吾の近況は気に掛かる。清吾と違い彼女の下には何の連絡も入って来ない。何れ謹慎は解ける訳だが淋しい気持ちは簡単には誤魔化せない。波子はただただ謹慎が解けまた訪れるであろう阿弥や清吾との再会に希みを託すのであった。

 一方清吾は隠密裏にもまだまだ精力的に諜報活動に精を出す。美子から訊いた話では被害者の数は計り知れず、奴等が囲っている女性も元々はヤミ金被害者でその傍若無人な振る舞いは目に余る。

 そんな中、美子が紹介してくれた真由美という女性があっさりと清吾に協力してくれた。彼女は家庭があるにも関わらずヤミ金業者に依って女の操を奪われ、今では奴隷のように扱われているらしい。彼女はとっくに風俗に売られ金もかなり返済した筈なのに借用書すら見せて貰えず、金の話をすれば暴力を振るわれ、警察や弁護士に相談すれば殺される。更に旦那とも別居状態が続き精神的疲労は極限に達していると言う。

 普通に考えれば法的手段に出れば良いだけなのだが、そう簡単に行動に移せないのが弱者の心理で、賢い人ならまずヤミ金などには手を出さない。既に抜け殻同然になっていた真由美には現状を打破しようとする気力すら無かったのである。

 そんな状態の彼女には清吾の企みは決して嬉しいものでもなく、寧ろ不安でしかない。しかし仲の良い美子の必死の説得は彼女に僅かな希みを抱かせる。真由美はヤミ金業者の内情から己が現状、他の被害者の情報に至るまで全てを洗い浚い話し清吾に希みを託す。そして少し気が晴れたのか清吾に対し身体を委ねよろうとした時、清吾はきっぱりこれを拒んだ。

「そんな事はいいんだよ、その愛情を家庭の方に注いでくれよ」

 そう言われた真由美は己が人生を恥じ清吾の優しさに涙を流す。以前の彼なら当たり前のように抱いていただろう、だが頭(かしら)が今回与えてくれた任務に依って清吾自身も知らず知らずの間に成長していたのだ。頭はここまで読んだ上で彼にこの仕事を与えたのだろうか、もしそうならば頭の洞察力も計り知れない。清吾はその後も諜報活動を続け有意義な毎日を送っていたのだった。

 

  東京本家の直や竜太の子分達は親分に黙って御目溢しを施した者達の生活を干渉する癖があった。一家では禁止されていた事なのだが、こういう気持ちは分からないでもないし、逆にそれが災いしている可能性もある。彼等の行動は無意味でも無かろう。今の所マイナス要素は一切見受けられず、意気揚々と生活している人々の様子は実に喜ばしい限りである。子分達はやはり自分達のして来た事は間違えていなかったんだと安堵していた。

 阿弥はそんな事にもお構いなしに仕事を進める。彼女の様子は傍から見ても些か性急に見える。感情が先走っては仕事は成就しないのは彼女自身が一番分かっている筈なんだが、この動揺は波子にも勝る彼女の壮絶な人生と使命感と今回の仕事の重大さが何時になっても安らぎを齎してはくれない。阿弥を諫める手立ては清吾の腕に掛かっていた。英二はその結果を一日千秋の想いで待っていたのだった。

 

  昨今の12月は上旬から既に街はクリスマス一色に染まっている。大きなクリスマスツリーやサンタの人形、色とりどりの華やかなイルミネーションは裏稼業をしている者には縁遠いし、それを欲する訳でもない。だがまだ若い清吾は恰もサプライズを仕掛けんばかりに少し大きめの袋を肩に担いで英二の下を訪れた。

 例の神社に夜遅くに到着した英二は彼の姿に愕きを隠せない。

「何だその袋は? サンタクロースじゃねーんだぞ、お前今回の仕事の重大さが分かってんのか?」

 「これはふざけているんじゃ無いんです、余りにも情報量が多くてこうなってしまったんです」

「そうか」

 証拠が残ってしまう危険性を考慮して仕事には決してネットを使わない定めは時として彼等の体力に委ねられる。無論そんな事に屈しない一味ではあったが今清吾が手にしているその袋は目立って仕方ない。事を憂慮した英二は急いで袋を開けさせた。

 そこには莫大な書類と写真、それに被害者女性が暴力を振るわれた時に破れかぶれになったしまった衣服までもが入っていた。

 まずは東京で幅を利かせているヤミ金業者「三洋ファイナンス」は今や全国に展開している一般のサラ金業者とも繋がっていて、当然裏には広域暴力団に指定されている「山仁会」が付いている言わば企業舎弟である。ここを切り崩すのは至難の業である。

 次いで被害者の数はい1店舗だけで数十人に及び総額では数十億円にも達する。想定内であったとはいえこの時点で英二はあからさまに憤りを覚えた。そして破れた衣服には血痕も付いてありその凄絶な被害状況を露骨に現す。これには流石の英二も普段の冷静さを保てず気色ばんだその表情は清吾をも怯えさせる。

「清吾よ、お前何故俺がヤクザを辞めたか分かるか?」

 清吾は暗闇の中にも神妙な面持ちで口を開く。その姿は月灯りに依ってのみ確かめられる微細な表情の変化であった。

「兄ぃの心中は十分分かっております、金金金の世界に嫌気が差したんですよね」

「その通りだ、だが金だけでも無い、その金が引き金になって人間関係までお釈迦にしてしまうんだよ、俺はその事が原因で数々の兄弟分を失って来たんだ、ヤクザの盃なんて遠い昔の話なんだよ、それに比べて今の一家には真の意味で絆がある、それを感じさせてくれたのは他でもない阿弥親分だ」

「同感です」

「ま、今更俺の心境なんて語っても仕方ないな、で、お前はその情報を手にどう動けばいいと思ってるんだ? 具体的な策はあるか?」

 この時、清吾に戦慄が走った。今までは殆どスパイ活動しかしていなかった彼は己が思惑を親分はおろか頭にも言った事が無い。それを頭自らが訊いてくれるのは前代未聞でその意図すら分からない。彼の言句は清吾に対する優しさや今回の成果に対する礼なのかさっぱり分からない。だが英二の表情は僅かに差し込む月灯りに照らされはっきりと見える。清吾は思いの丈を正直に謳う。

「有り難う御座います、まずは今まで通り闇に紛れて金を奪います」

「で?」

「勿論それだけでは足らないので次に奴等を襲います」

「で?」

「その後は法に委ねるしかないと思われ......」

「なるほど、でも法に委ねると言っても俺達も法を犯してるんだぞ、江戸時代じゃあるまいし、お上がそんな心情まで考慮してくれる筈ねーだろ、それに襲う

と言っても一家の掟がある、底が浅いな」

 確かにその通りだった。清吾はこれ以上何も口にせず頭と別れ、事が成就するのを夢見て去って行った。英二は彼の後ろ姿を優しくも愁いの眼差しを持って何時までも眺めていた。清吾も清吾で背後に感じる頭の思惑を肌で感じながら歩いていた。

 英二には如何なる策があるのだろうか、それは流石の阿弥にさえ分からない。だが英二は己が胸中に秘めた策と清吾が齎してくれた情報を是が非でも無駄にはすまいという覚悟が出来ていた。

 今宵雲間が暮れの月はその姿を消しては現し、現しては消える。こういう様子は得てして人間社会にも通ずるものでもあり、自然の理とは実に精妙で美しくも複雑な光景は時として人の心を惑わせる事もある。

 だが真の絆で結ばれた輝夜一家にはそんな不安は些かも感じられず、彼等は共にその心持を真実とさせるべく今回の仕事に赴くのであった。

 

 

 

 

 こちらも応援宜しくお願いします^^

 

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村