人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

小説

まほろばの月  三章

清吾の憂慮も他所に時間は刻々と進み、冴え冴えとした月に見守られながら一行は出発した。 車の中でも清吾と波子は一切口を利かずにただ仕事の段取りだけを考えている。そうする事でしか気持ちを紛らわす事は出来ない。阿弥はあくまでも悠然と構えている。そ…

まほろばの月  二章

繋ぎ役を任された清吾は各地に散らばる一党に連絡を入れ段取りを告げる。親分の阿弥が率いる東京を皮切りに名古屋、大阪、広島、福岡、宮城といった順番で仕事に着手する。無論地方には阿弥自らが出向く。それまでに入念な、いや完璧な下調べをしておく事を…

まほろばの月  一章

日中燦然と照り輝く太陽に対し夜に冴え冴えしく映える月。太陽の陽射しが力強さの象徴とするならば、月の光彩は万物を優しく癒してくれる美の象徴にも思える。そういう意味では太陽は男で月は女と言っても過言ではない気さえする。 彼等が仕事に赴く時間帯は…

早熟の翳  最終話

人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し。とは言うもののこの時の誠也の足取りは余りにも重い。彼等との訣別、自分自身の人生観、色んな想いが錯綜する。ついさっき腹を割って話をする気になっていた筈がいざ足を踏み出すと身体が思うように進んではくれ…

早熟の翳  二十七話

誠也は以前と同様に林田先生に同行し仕事のアシスタントを担う。この日裁判所で公判が行われた後、先生は初めて誠也を飲みに誘った。その店は嘗て先生が世話をした元ヤクザの構成員が出所したから更正し夫婦で経営している居酒屋であった。 暖簾を潜り扉を開…

早熟の翳  二十六話

久さんの言説に従いヤクザの顧問弁護士を辞めた誠也は路頭に迷っていた。それにしても久さんとの別れは余りにも儚く感じられて仕方ない。この数年間は一体何だったのだろう。永久(とわ)の別れになってしまったのだろうか、そんな筈はない、彼は近い内に復…

早熟の翳  二十五話

花鳥風月。満開に咲き誇る桜は実に美しく、人々の心を晴れやかにしてくれる。 月日は流れ久さんは次代の若頭が有力視され、誠也は弁護士でありながら事実上は安藤組のナンバー2の貫目を漂わす。あの事件から何年が経ったのだろう、今では清政や健太の情報な…

早熟の翳  二十四話

ようやく厳しい暑さも弱まり、本来ならば人々が小躍りするような秋の到来も彼等にとっては一触即発、油断の出来ない様相を呈して来た。久さんは若い衆に松下組のシマでシャブを捌いている奴等を悉く捕まえろという指示を出す。しかし気になるのは未だに処分…

早熟の翳  二十三話

折しも強さを増した雨音は小さな居酒屋の屋根を容赦なく打ち続け、四人の心にまで浸透して来るような勢いだ。親っさんの心遣いで仕切り直す事が出来た誠也は煙草に火を着けた後、いよいよ本題に入る。三人は息を飲むようにして誠也の発言に耳を傾ける。健太…

早熟の翳  二十二話

「あ~ら久しぶり、御機嫌よう」 まり子は相変わらずの陽気な面持ちで貴族みたいな口調で語り掛けて来た。 「何だよお前、何かいい事でもあったのか? えらく陽気そうだな」 「今貴方と会ってる事が一番嬉しいのよ、一々言わせないでよ」 「ありがとう」 「…

早熟の翳  二十一話

辞意を伝えた誠也を林田先生は大して引き留めるような事もせずただ一言 「何時でも戻って来てくれても結構だから」 と優しい声を掛けてくれた。奥方まで笑って見送ってくれる。その光景はまるで親が我が子の自立する姿を見ているような誇らしげな感じさえ漂…

早熟の翳  二十話

被告人の男は伸ばし放題の汚い髭に虚ろな目付き、ヘラヘラと薄笑いをしながら先生にも一礼もせずに終始不遜な態度で椅子に掛けていた。 先生が話をし出すと一切訊く耳は持たない様子で貧乏ゆすりをしながら言いたい事だけを口にする。 「だから、俺は正当防…

早熟の翳  十九話

断じて行えば鬼神も之を避く。大学を卒業してからの数年間、司法修習も終えた誠也は初志貫徹、見事に志を遂げ法曹三者である弁護士になる。大した障害にも阻まれず、難なく事を成就出来た過程を思い返せば、鬼神とは寧ろ誠也自身の事であったと言っても過言…

早熟の翳  十八話

大学を卒業するまでの残りの数ヶ月間は誠也に大いなる休暇を与える。もはや司法試験にも合格を果たした彼にはこれといってする事もなくなっていた。これまでと同様アルバイトには精を出していたがそこまで勉強に打ち込む必要もなく、かといって単車で暴走す…

早熟の翳  十七話

まだ暑さの残る9月上旬ではあるが、少し涼やかに感じる初秋の風は吉報を齎す。念願の司法試験合格。それは誠也にとって大いに悦ばしい事であり、亦彼の心を落ち着かせるのにも十分であった。 報告を受けた母は天にも舞い上がるような面持ちで陶酔感に浸って…

早熟の翳  十六話

歳月人を待たず。誠也は早や大学4回生になり後は卒業を待つばかり。だが彼にはやり残していた事があった。 大学在学中にどうしても司法試験に合格したい。去年試験に落ちた誠也は今年が最期と言わんばかりに躍起になって勉強に勤しんでいた。周りからは別に…

早熟の翳  十五話

一行が立ち去った後には健太に仁美、誠也、修二、清政の5人の姿しか無く、夜の国道には少し冷たい風が吹き荒ぶ。5人は仁美の放った言葉に依って一時何も言わず、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。 誠也は気を落ち着かせた上で改めて健太に向かう。 「と…

早熟の翳  十四話

学生生活は色恋事を除いてはその悉くが順風満帆に運んでいた。誠也は日々講義に顔を出し勉学に勤しむ。学生としてはごく当たり前の事のようにも思えるが、殊、誠也に至ってはそのヤンキー丸出しの風貌が周囲に与える影響は大きく、他の学生達は何時も誠也に…

早熟の翳  十三話

誠也は姉と母にはまり子の友人とたまたま会って来たとだけ言い置き部屋に上がった。一人で少し考える。でも何も後ろめたい事など思いつかない。誠也はただの杞憂と割り切ってこれからの事を考え出していた。 夜9時頃になり家には珍客が訪れる。健太の顔を確…

早熟の翳  十二話

「誠也君、それはないよ! みんな後継者を誰にするかで誠也君の指示を仰ぎたかったのに、そんなカッコつけた事はダメだよ!」 大声で叫ぶその者に依って辺りは騒然とし出した。 「誰だよあいつ? 何粋がってんだよ」 修二と清政が彼に近づき制止する。 「お…

早熟の翳  十一話 

二人は店に入った。そこは洋服店であったのだがショーウィンドウに陳列されている商品が物語っているように、見るからに高そうな婦人服ばかりが目に映る。 いくらまり子と同伴とはいえ誠也は何か場違いな感じがして落ち着かない。遠くに目をやってカッコつけ…

早熟の翳  十話

誠也に気付いた健太は愕いていた。それでも連中は執拗に絡んでいる。 「おい、ちょっと外出ろよ」 誠也が静かながらも低いドスの効いた声で連中を威嚇する。その顔を良く見るとy地区の奴等に相違ない。外に出て誠也は一瞬にして3人をシバき回した。連中は抗…

早熟の翳  九話

その頃修二と清政はチームの後継者選びで意見が対立していた。二人の候補者は何れも甲乙つけ難い人物で喧嘩の腕も人望もチームへの貢献度も秀でていた。後は誠也の意見を仰ぐしか道は無かったのだが、双方とも一向に譲る気配はない。しかし今の所誠也はこの…

早熟の翳  八話

一行は高校生活最後の夏を十二分に満喫していた。真っ赤な夕陽は優しくも烈しく、彼等のこれからの人生に声援を贈るかのように力強く照り輝く。各々はその翳を踏みながらも意気揚々とした面持ちで帰途に着いた。 健太は初めて出来た彼女といちゃつきながら歩…

早熟の翳  七話

決戦の刻(とき)は来た。それはGW開け、夕方の港の岸壁であった。 久から段取りを訊かされていた神原は一人で来ていた。その場には誠也と神原、安藤久の三人だけの姿が夕陽に照らされ静かに佇んでいる。 改めて誠也は神原に訊く。 「お前、本当にこの勝負の…

早熟の翳  六話

誠也は3年生になった。まだ少し寒さの残る4月上旬、冷ややかな春風は厳しい冬風とは違い、生きとし生ける者全てに優しく吹きかかる。その優しさに依って柔らかく解された心は小気味よく芽生え清々しい眼差しで天を仰ぐ。蒼天には幾多のおぼろ雲が連なりその…

早熟の翳  五話

年は明け早や3学期が始まる。今年の正月も例年同様呆気なく過ぎたのだが、誠也が初詣でお祈りした事は二つあった。一つは己が志を遂げる事と、もう一つはまり子と生涯を添い遂げる事。普段はこんな願掛けなど一切しない誠也ではあったが、今年に限ってそれを…

早熟の翳  四話

y地区の連中と冷戦状態になっている間は波風が立つ事もなく、誠也達は充実した高校生活を送っていた。秋ともなれば運動会に文化祭など様々なイベントがあり、溢れんばかりの若さでそれに挑む生徒達の姿は正に青春を謳歌するものであった。 だが全てが順風満…

早熟の翳  三話

今回の件は当然誠也の耳にも届いていた。修二は心配を掛けまいと黙っていたのだが蛇の道は蛇、アウトロー同士の事情などは容易く入って来る。誠也率いる陸奥守では緊急に対策が練られる。 ある者は全面戦争と言い、或る者は手打ちだと言う。暫く黙っていた誠…

早熟の翳  二話

小学生からの付き合いであった誠也、修二、清政の三人は固い絆で結ばれていた。特に中学時代にはy地区の奴等が50人規模の徒党を組み学校に攻めて来たが、大半は警察に依って捌かれたとはいえ、三人は最後まで身体を張って戦い抜き、一歩たりとも後に退かない…