人生は花鳥風月

森羅万象様々なジャンルを名もなき男が日々の心の軌跡として綴る

小説

約定の蜃気楼  六話

就寝前の祈祷を終えた真人は部屋に戻り床に就く。静かな修道院は彼を安眠させるのに十分だった。熟睡中の真人ではあったが久しぶりに夢の世界に誘われる。それは彼の今までの人生を振り返るような過去の経験が物語る夢であった。 真人は高校生の頃から交際し…

約定の蜃気楼  五話

窓外に見える外の風景は既に日が暮れかけ、一面に広がる野の草花は光の加減か紫色にも見える。そして少し強めに吹いて来た風は真人の逸る気持ちを一層駆り立てるような勢いがあった。 真人は指示されたように取り合えず料理をテーブルに運んで食事の支度を整…

約定の蜃気楼  四話

晴れ渡った蒼い空一面には無数のひつじ雲がまるで天かける星々のように果てしなく連なっており、その下には見渡す限りの緑の広野が拡がっていて、遙か彼方には微かに海までが見える。 草を食べながら悠々と歩く牛の姿や、香ばしい土の匂い、風に優しく揺らめ…

約定の蜃気楼  三話

相変わらず朗らかな瞳ではあったが湖を後にする時、何やら意味深な事を告げるのだった。 「あ、それとね、この湖は底なし沼なの、通称地獄の沼って言われてるわ、でも底まで辿り着く事が出来たら元の世界に帰れるという言い伝えもあるの、それが出来た人は今…

約定の蜃気楼  二話

翌朝目を覚ました真人は環境の違いに仰天した。天井がある、壁がある、床がある、窓がある、そして自分は布団に寝ている。ここは一体何処なんだ、昨日湖で会った老人はその後何処へ、訳が分からない。窓外に見える景色からしても恐らくここは家の2階であろう…

約定の蜃気楼  一話

あれからもうどのくらいの月日が経ったのだろう、幾日歩き続けていたのだろう。最期に物を食べたのは何時だったろう、昨日水を飲んだ気もする。でも大して空腹感もない。自分でも何がどうなってしまったのか分からない。唯一はっきり覚えている事といえば自…

まほろばの月  最終章

初志貫徹。今正に阿弥の本懐は成し遂げられた。積年の恨みであった目黒は阿弥本人の手に依って葬られ、ヤクザの大親分待鳥さえも抹殺された。この事は或る意味素晴らしい功績で、輝夜一家は一躍ヒーローになったといっても過言ではないような気もする。 まだ…

まほろばの月  二十六章

決行の刻(とき)は来た。午後7時過ぎ、既に日も暮れ天高く姿を現した半月を眺めながら仕事に赴く。一意専心。一行はただ阿弥が本懐を遂げる為のみにその身を賭して動き出すのであった。 手筈通り一家の者達を二手に分け、まずは山友会の待鳥宅を襲う組は椎…

まほろばの月  二十五章

一殺多生。美子の死と、英二の遺言も空しく絶縁された清吾の処遇は一家にとって本当に功を奏するのだろうか。だが清吾は阿弥の事を全く恨みになど思っていない、それどころか阿弥が本懐を遂げる事を祈る清吾の想いは、波子や阿弥本人にも伝わって来るぐらい…

まほろばの月  二十四章

翌日、椎名は電光石火の如く迅速に仕事を終え、阿弥の下に吉報を齎す。彼は顔がボコボコに腫れあがった男を伴って勢いよく隠れ家に入って来た。 「阿弥よ、こいつが竜太を察に売ったんだよ、俺の方である程度は〆ておいたが、後はやりたいようにやってくれ」…

まほろばの月  二十三章

竜太は一晩留置所に泊まる事になりその後も執拗な尋問を受けていた。だが口の堅い一家のメンバーは堕とす事は至難の業で、警察の取り調べも苦戦を強いられていた。 そんな竜太に刑事は言う。 「流石と言いたい所だが、いい加減吐いてしまえよ、被害届も出て…

まほろばの月  二十二章

腐っても極道の端くれであった椎名はエンコを飛ばしたぐらいでは全く狼狽えなかった。阿弥が命じて用意させた氷にも手を浸そうとはしない。それどころか未だ不敵な笑みを浮かべながら阿弥に言うのだった。 「この勝負貰ったな、俺達の勝ちだぜ」 椎名のこの…

まほろばの月  二十一章

隠れ家に帰った阿弥は本格的な作戦会議を開いたのだが、そこでは思わぬ凶報が齎された。警察が本気で動き出したのだというのだ。確かに想定内ではあった。いくら一家が義の為にして来た事とはいえ、その行為はあくまでも犯罪である。今まで誰一人としてお縄…

まほろばの月  二十章

波子に内々に調べさせていた目黒と山友会との間柄は実に醜く腐れ切ったものだった。山友会は目黒に対し多額の賄賂を贈っていた。それは当然目黒の選挙資金にもなるし、小遣いにもなる。その上、右翼団体などを使い敵対する候補者の選挙妨害や、己が身辺警護…

まほろばの月  十九章

無事仕事を終えた阿弥だったがその顔に笑みは無かった。椎名が最後に吐いた捨て台詞が気に掛かって仕方ない。彼はこう言っていた。 「今回は流石に完敗だな、しかしお前らも長くは持たねーぞ、うちの親分は黙ってねーだろうな、それにあの御方も付いてる事だ…

まほろばの月  十八章

波子から合図を受けた五人の女達はいよいよ動き出す。時は午後10時半、金色に輝く満月の月灯りは優しく柔らかく、そしてあくまでも堂々と地上にあるもの全てを真正面から見据えているようだ。街はずれこの辺りは既に閑散としなくていて人影は全く無く、椎名…

まほろばの月  十七章

寒い冬に見る花鳥風月といえばやはり雪が思い浮かぶ。風花雪月、この日東京には雪が降っており、真っ白に染まった街は美しくも切なく、鳥は巣に籠り或いは南方へと避難し、雪が被さった花はその姿を潜め辛抱強く春の到来を待ちわびる。そんな中、太陽と月だ…

まほろばの月  十六章

裕司の死に依って昭然たるものとなった輝夜一家と友仁会との抗争はもはや避けられない。本職のヤクザと揉める事は一家の掟に反する訳だが、切迫する事態は一向に彼等に安らぎを与える事はなく、更なる奇策が求められた。当然まともにやり合ったのでは勝ち目…

まほろばの月  十五章

「清吾、港に行け」 「へい、分かりました」 真っすぐ隠れ家に帰ったのでは他の子分達に動揺を来たすと憂慮した阿弥には、港で裕司を始末する腹積もりが既に出来ていたのだった。清吾も波子も阿弥の気持ちは察していた。しかし阿弥の只事ならぬ真剣な眼差し…

まほろばの月  十四章

冬の日の短さは実に好都合だった。闇夜にあってこそ真価が発揮出来る彼等は自分のゾーンに入ったと言わんばかりに、今までとは打って変わって勇ましく動き出した。 今夜中に白黒はっきり着ける。この心意気は自ずと三人の共通の目的となっていた。その中でも…

まほろばの月  十三章     

一家では足が付く事を怖れ、探索する時は車は一切使わない。その事は今回のような不測の事態には幸いであった。阿弥は清吾と連携して裕司と波子の跡を追った。彼等が行くであろう場所はだいたい察しが付く。いくら冬とえども厚着で街を走り回ると汗をかく。…

まほろばの月  十二章 

絵に描いた餅、水に映る月。真実を掴もうとする事自体が所詮は無理な話かもしれない。波子への疑いが完全に晴れた訳ではないが、今宵の綺麗な月に依って心が洗われた阿弥はこれ以上の詮索は無駄だと思い、名古屋の子分達を全員連れて東京に帰った。 もし裏切…

まほろばの月  十一章

清吾が齎した急報は阿弥を震撼させたが名古屋の仕事を疎かにする訳には行かない。当初は余裕を持ってする筈だった仕事を急行する事にした。既に準備万端整えていたお陰で慌てる必要が無かった事は幸いであった。 だが頭(かしら)の仇討ちと言わんばかりに、…

まほろばの月  十章

阿弥が正月を名古屋で迎えたのには一応の理由があった。一つは一刻も早く名古屋入りし仕事に専念したいという気持ちと、もう一つは東京に居れば何時まで経っても英二の事が忘れられない、その未練をいち早く払拭したいという彼女なりの切実な願いであった。 …

まほろばの月  九章

人は死んだら星になると言われているが、英二の存在は星のような小さいものとは思えない。寧ろ満月のようなその大きい一家の大黒柱であった彼の力は惜しみてもあまりある。一同は暫くの間喪に服していた。 本名春藤英二、彼がヤクザから足を洗い一家に身を預…

まほろばの月  八章

時は来た。この1ヶ月余りで綿密に練り上げた策と清吾から得た情報を元に輝夜一家は動き出す。阿弥が下知を下す。 「行くぞ!」 その美しくも勇ましい一声に勢いづいた一行は疾風の如く素早い動きで出発し、霧のように姿を消したと思うと一瞬にして現場に到着…

まほろばの月  七章

冬空に輝く月は殊更冷たく感じる。余り深く考えずに表の仕事に勤しんでいた波子ではあったがやはり一家や清吾の近況は気に掛かる。清吾と違い彼女の下には何の連絡も入って来ない。何れ謹慎は解ける訳だが淋しい気持ちは簡単には誤魔化せない。波子はただた…

まほろばの月  六章

一家で数々の策が講じられていた頃、清吾は頭に言われたように陰から尽力するよう隠密行動を開始する。彼が真っ先に目を付けたのは言うまでもなくヤミ金被害者の女性であった。 彼女達はただ遊ぶ金欲しさにヤミ金に手を出してしまった者もいれば、生活が困窮…

まほろばの月  五章

世に蔓延る半端な悪は法の目を掻い潜り私服を肥し未だにのうのうと生きている。何時の時代もその犠牲になるのは弱者である。それは世論は言うに及ばず輝夜一家にとっても由々しき事態であった。 阿弥は何時も思っていた。自分達がしている事は決して底の浅い…

まほろばの月  四章

疾風迅雷。阿弥率いる輝夜一家はその後も大阪、広島、福岡そして宮城と、この四場の仕事を計画通り一気に成功させ東京に帰って来た。今回の成果は総額8000万円と実に上々の出来であった。既に隠れ家には宴席が設けられ一行は旅の疲れを癒やすべく豪勢な料理…